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空を飛べなかったから、旅することを選びました  作者: 海坂依里
第4章「朝陽が昇る瞬間、意味も分からずに涙を零しそうになった」
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第1話「空から見下ろした世界」

「ルーテ!」


 私とピアは再び、魔女と称されているルーテの住むレンガ造りの家屋を訪れた。

 森を通るたびに湿った落ち葉が、ねっとりと靴に張り付いてしまう。

 それだけルーテの家を訪れるのも一苦労なのに、ルーテの畑を狙って泥棒たちは連日足を運ぶという事実を受け入れる。


「……また来たの?」


 ルーテの言葉は冷たいように感じられるけど、ルーテの表情は嬉しそうに見えた。

 私とピアがルーテに嫌われていないってことが、彼女の顔を見て伝わってくる。


「ルーテ、今日は畑仕事を手伝わせてください」

「変わり者……畑仕事をやりたい人なんて、会ったことない……」


 真っ青な空が広がる快晴の日なのに、森の中は太陽の恩恵をあまり受けることができない。

 それでもルーテは作物を育てるために、今日も畑の中央へと足を運んでいた。


「ところで……その……レタスは喜んでもらえた……?」


 ルーテに会いに行く前に、私とピアは男の人の元にレタスを届けた。


「はいっ! とても喜んでいました!」

「ルーテちゃんに分けてもらったってこと、いっぱい話してきたつもり」


 ピアの言う通り、魔女が分けてくれたってことは強調してきた。

 でも、街の人たちがルーテを信頼してくれるかは分からない。


「カレットとピアに頼まないで、私にお願いしてくれたらいいのに……」


 私はルーテがいい魔女だってことを、いっぱいいっぱい話してきた。

 それが、どんな未来を展開していくのかは想像もできない。


(ルーテは、いい人だってことを知ってほしい)


 ルーテは童話の世界に、よく出てくるような悪い魔女ではない。

 でも、それをまったく知らない人に伝えて、信じてもらうことの難しさを知る。


(言葉で伝えるよりも、見てもらった方が……)


 そんな発想が思い浮かぶけど、街の人たちは魔女の存在を怖がっている。

 街の人たちをルーテの家にまで連れてくるのは、もっと難しい。


(始めから、悪いって決めつけないでほしい……)


 真っ白な髪色をしている自分と、森の奥に住んでいる悪い魔女と噂されているルーテが重なってしまう。

 何も悪いことはしていないのに、自分たちと違うものは悪いものと噂されてしまうときの感覚が今と重なる。


「カレット」


 ピアが、私の背をとんと押す。

 ピアは希望がないような悲しい顔じゃなくて、希望を持った明るい顔をしていた。


「ルーテのお手伝い、頑張りましょう」

「……はい!」


 私が落ち込むと、ピアが励ましてくれる。

 私も、誰かを励ませるような強さがほしい。


「二人の手なんて、借りなくてもいいのに……」


 ルーテの声は儚さを含んでいるけれど、精霊の力を借りるときの声は森の静けさを切り裂くように芯あるものだった。


「le da ruku」


 その響きと共に、金色の精霊石から微細な光がほとばしる。


「ルーテの精霊さん、姿が見えませんが……」

「恥ずかしがり屋なだけ……」


 目に見えないルーテのパートナー精霊は、鍬や鎌、じょうろといった田畑を耕すために必要な道具を動かしていく。


「これがルーテの精霊術……」

「凄いわね……」

「当然……私は、優秀な精霊使いだから……」


 鍬は土壌の奥深くへと侵入し、鎌は不必要な雑草だけを上手く刈り取っていく。

 ルーテの精霊術はルーテを手助けするためではなく、作物を育てるための方法を熟知している。

 無駄な動きが一つも見つけられないところに、ルーテと精霊の力の強さを感じる。


「って、ピア! ルーテのお手伝いを……」


 ルーテは魔法を使うことが、心の底から楽しいんだと思う。

 精霊が操る道具と一緒に今にも踊り出しそうなルーテを見ていると、私とピアも自然とリズムに乗って体が動き出しそうになる。


「野菜さーん、こっちですよー」


 土がふわりと動き上がると、ニンジンやじゃがいもなど土に眠る野菜たちが地面から飛び出してくる。

 収穫を控えた野菜や果物たちは勢いが良すぎるほどに飛び跳ねながら、私とピアの元へとやって来る。


「ピア、お願いしますっ」

「はい、はいっ」


 まるでボールが飛び跳ねるように、ぽんぽん、ぽんぽん。

 野菜と果物が、土から空に向かって弾け飛ぶ。

 地面に落下しないように、ピアは水を器用に操りながら作物を収穫していく。


「ふふっ、面白いですね、ピア」

「こっちは作物を傷つけないように、凄く大変よ……」


 私たちは最後のトマトが籠に収まるのを見届けると、互いに見合って笑みを浮かべた。

 収穫を終えた野菜たちは鮮やかな彩りを帯び、人々の口に届くことを今か今かと待ち望んでいるようにも見えた。


「太陽がほとんど差し込まないのに、綺麗な野菜ですね」

「きっと、陽の専門職社(オリエル)のおかげね」


 本当はシスカさんと陽の専門職社(オリエル)を訪れる予定だったけど、私とシスカさんは途中の道で別れた。

 何が待っているのかと心をときめかせた塔を視界に入れながら、森の中で作物が育てることができることに感謝の気持ちを塔へと送る。


「これで、食べる物には困りませんね」

「私の食べる物、心配してくれたの……?」

「泥棒が出たら、ルーテの食べる物がなくなっちゃいますから」


 美味しい野菜と、美味しい果物を食べたい街の人という構図は理解できる。

 でも、勝手にルーテの畑から盗んでいったら、ルーテの食べる物がなくなってしまう。

 そう思って、私とピアはルーテのご飯を確保するところから始めた。


「心配してくれて……ありがとう……」


 とびっきりの笑顔を浮かべて、頼もしい精霊使いを演出できるように、とびっきりの笑顔を作り込んでルーテに応える。


「カレット、ピア、お茶……」

「ありがとうございます!」


 蛇口で手を洗っていると、私とピアが収穫した野菜と果物が行進をしながら倉庫へと向かっていく。


(これも、ルーテの精霊術……)


 これだけ凄い魔法を使えるルーテ。

 ルーテは、街の人たちを幸せにする魔女になれるはず。

 それなのに街の人たちはルーテを怖い魔女と決めつけて、ルーテの話を聞いてもくれない。

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