第8話「他人のための力になりたい」
「ピア……力になれないって、辛いですね……」
「カレットだけじゃないわ。ルーテの力になれなくて辛いのは、私も同じ」
いつもの、しっかりとしたピアが私の手を繋いでくれる。
私はピアに手を引かれながら、涙を流すのを必死に堪えた。
「何か飲み物、持ってくる」
「シスカさんは休んでください!」
夜風が冷たく吹き抜ける森を抜け、私たちは宿屋へと戻ってきた。
遠くに見える宿屋の明かりに安心感を抱くものの、事態は何も解決していない。
「シスカさんは、陽精霊の看護を……」
「私に看護されるほど、この子は弱くないから」
夜遅くに帰ってきた私を出迎えてくれたシスカさんを気遣おうとすると、シスカさんは私を無視してどこかに向かってしまう。
「…………シスカさん!」
シスカさんと出会ってから、何度も大きな声を出している。
普段は大きな声を出さない……出さずに済む人生を歩んできたからこそ、自分がこんなにも大きな声を出せるということに驚かされた。
全部が全部、初めての経験だった。
「私も一緒に行ってもいいですか」
そう問いかけると、私が追いつくまでシスカさんは足を止めて待ってくれた。
宿泊客用に、簡易キッチンが用意されている宿屋があるとシスカさんは話してくれた。
私たちが宿泊する宿屋はまさに簡易キッチンが完備されている宿屋で、食材も使い放題という大盤振る舞いに驚かされた。
「…………」
シスカさんへお礼を述べた私は、戸棚や氷精霊が大活躍中の冷蔵庫を物色して飲みたい物を探す。
ミルクを温めて飲むことを決めた私は、冷蔵庫から瓶に入ったミルクを持ってシスカさんの元に戻った。
「あ」
「シスカさん?」
「私もホットミルク飲もうと思ったから」
「お仲間ですね」
育て親のイリットさんと一緒に料理をすることはあっても、同い年の異性と一緒に作業を進めるのは初めてのことだった。
「そこに置いてあるのはハチミツですか?」
「あー……子どもっぽいかもだけど、ハチミツ入れるのが好きで……」
「私もですよ」
空気を読んでシスカさんに合わせているわけではなく、私もハチミツ入りのホットミルクが好きだということをシスカさんに伝えた。
「人間の姿になってから初めていただいた飲み物で、この年齢になっても好んで飲んでいるんです」
精霊使いになったら、最低限ハチミツ入りのミルクを飲むお金だけは稼ぎたい。
そんな話をすると、シスカさんはほんの少しだけ口角を上げてくれた。
「カレットが嫌じゃなかったら」
「私ですか?」
「その……カレットの話を聞きたい」
ミルクを温め終わり、私たちは各自好みの量のハチミツをミルクに溶かしていく。
穏やかな時間が流れていることに幸せを感じていると、シスカさんは申し訳なさそうな顔で私に一つの願いを託してくる。
「眠る前に、戦争のお話をしても大丈夫ですか?」
そんないとも簡単に叶えられる願いなら喜んでと言いたかったけれど、私たちはこのあと身体を休める予定
戦争の話なんてしてしまったら、益々シスカさんの目が冴えてしまうのではないかと心配になる。
「あ……戦争の話だけじゃなくて」
「…………?」
「カレットが今まで見てきたこととか、私と出会う前の話を知りたいなって」
シスカさんに求められているような話題性ある思い出話ができるかという不安に一気に駆られた。
でも、シスカさんはすぐに私の不安を解くように優しく微笑んで私の不安を解いてくれる。
「面白さとか楽しさを望んでるわけじゃないから」
シスカさんは普段あまり笑うことがないけれど、こうして時折見せてくれる優しい表情を私は好きだと思った。
「カレットが知っていて、私が知らない世界のこと、聞かせてほしい」
「経験のため、ですか?」
「経験……」
「少しでも精霊使いとして高みを目指そうとするシスカさんの姿勢、私も見習わないといけませんね」
人間の一生をかけたところで、経験できることと経験できないことがある。
それを少しでも補おうと、他人の話を聞こうとするシスカさんの姿勢を格好いいと思った。
「……変な話なんだけど」
「私にもシスカさんのお話を聞かせてください! シスカさんのような立派な精霊使いを目指したいので」
口に含んだミルクの甘さがあまりにも理想通りだったことが嬉しかった。
でも、シスカさんはまだミルクを一口も口にしていない。
ホットミルクを飲むことは私の押しつけになってしまっただろうかと、シスカさん言葉のやりとりを顧みようとした。そのときのことだった。
「よく夢で、見知らぬ世界の戦争の夢を見る」
シスカさんがぽつりと、寂しそうな声を零した。
「戦争……」
私が転移させてもらった世界は平和ですとは言い切れないけれど、目的を達成するためなら手段を選ばない国同士が争うということは起きていない。
だからこそ、戦争のない世界を生きているはずのシスカさんの口から戦争という言葉を聞いて、心がずきっと音を立てた。
「私には異世界転移してきた記憶とかないけど、カレットの話を聞いて……私も昔は動物だったのかなとか。そんなこと考え始めて……」
「カラスさん……」
「カラス?」
「仲良くしてもらった、おじいちゃんカラスさんがいるんです」
シスカさんに笑顔を取り戻してもらいたいけれど、実際はそう思った通りに事は進まない。
それでも前向きな私の声が少しでも未来を変える手伝いができたらいいな、なんて贅沢な夢を抱いてしまう。
「ほかに仲良くしてくれた動物さんは……」
「……ありがとう、カレット」
そのありがとうに、どういう意味が込められているのか。
考えることもできたけれど、敢えて考えるのをやめてみようと思った。
シスカさんが私に対して感謝の気持ちを抱いてくれている。その事実が、ただ嬉しいと思うから。
「一つ思い出をお話したら、今度はシスカさんの旅のお話を聞かせてください」
面白い話や楽しい話は特別ないよってシスカさんは返したけれど、私はその言葉に対して『お互い様です』と言葉を返した。
するとシスカさんは少しだけ口角を上げて、私の話の続きを待ってくれた。
「ハチミツの分量、ちょうど良かったかも」
「あ、私もいただきますね」
二人で一緒にマグカップを口に付ける瞬間が、なんだかとてもかけがえのないひと時のように思えた。
これからも、こういう一瞬を体験していきたい。
そんなことを夢に見ながら、私は自分が体験してきたことをシスカさんにお話した。




