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空を飛べなかったから、旅することを選びました  作者: 海坂依里
第3章「本当はずっと不安だったけど、あなたが隣にいてくれたから夢を見れた」
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第7話「無力だって嘆くのは簡単だけど」

「あの、畑のレタスを分けてもらえませんか」


 ルーテは私とピアに視線を戻してくれたけど、彼女の顔は急に曇り始めた。


「また作物泥棒?」


 ルーテの声がほんの少し低くなって、機嫌が悪そうな雰囲気が伝わってくる。

 隣の椅子に腰かけているピアの顔を見て、落ち着いて深呼吸をする。


「違います、私たちは……」

「みんな、そうなの」

「ルーテ?」

「せっかく私が育てた作物、勝手に持って行っちゃうんだから……」


 ルーテが悲しそうな声で、そんな悲しい事実を話してくれる。


「どういうことですか? 街の人たちが、ルーテの育てた作物を持って行っちゃうんですか?」

「そう……」


 可笑しい。

 街の人たちが悪者で、ルーテは被害を受ける側になっている。


「みんな、魔女の作る作物は美味しいって……」

「それって、泥棒ですよ……?」

「だから、さっきから言ってるでしょ? カレットたちも、盗みに来たんでしょ?」


 ルーテが悲しそうな顔をしている理由が、ようやく理解できた。

 冷静に言葉を交わし合うことで、私は物語を先に進めることができた。


「私が精霊術で育てた野菜と果物が、美味しいって……評判が広まって……」

「それで、街の人たちが盗んでしまうんですか?」

「そう……」


 ルーテは唇を噛み締めた。

 手入れの行き届いた畑には精霊と共に育てた作物が収穫の時期を迎えるはずなのに、それらが無残にも引き抜かれたときのことを思うと胸が痛い。


「ルーテは、ちゃんと食べてますか?」


 人の物を、勝手に盗んではいけない。

 それが、誰もが知っている大切なこと。

 でも、世界を飛び出してみると、平気で悪さをしている人がいることに言葉を失いそうになる。


「食べる物がないとか……」

「できた作物は倉庫に片づけてるから、食べる物には困ってない……」


 青白い月明かりが、ルーテの青色の髪を照らす。

 そんな姿を美しいと思うのに、ルーテの瞳には怒りと悲しみが入り混じった感情が渦巻いていた。


「精霊術が使えるなら、追い払うこともできるんじゃない?」

「泥棒の数を減らすことは可能。でも、根本的な解決にならない……」


 この世界は、精霊と人間が共存している。

 共存しているからこその解決方法が浮かんでも、それらはすべてルーテが実践済みということ。


「街の人たちに、やめてくださいって説得するのはどうですか?」

「魔女の話なんて、誰も聞いてくれない……」


 ルーテは、悪い魔女でもなんでもない。

 精霊術が使えるってところは一般の人たちとは違うけど、一方的に作物を独占している悪人というレッテルを張られるのは間違っている。


「魔女が悪いことをするって、昔から決まっているの……」

「そんなの可笑しいです! だって、ルーテは、こんなにも私たちに親切にしてくれて……」

「それは、カレットたちが諦めないでくれたから……」


 ルーテは、言った。

 魔女という噂だけで、話も聞いてくれない人たちばかりだと。



「魔女を怖がらずに、最後まで私の話を聞いてくれようとしたから……」

「確かにカレットは、人を信じやすいところがあるわね」


 ルーテの手には、私と同じ金色の精霊石が存在していた。

 窓辺から差し込む月明かりを、自身の精霊石を浴びさせる。


「魔女は、いつの時代だって悪者よ」

「そんな……」


 どんなにルーテが良い人だとアピールしても、きっと街の人たちは聞く耳を持ってくれない。

 街の人たちと信頼関係ができていないと、誰がどんな言葉をかけても駄目だと想像できる。


「レタス、持って行って」


 私に、できることはない。

 憧れの精霊使いになったはずなのに、困っている人の力になれないという現実を目の当たりにして落ち込みかけたときのことだった。


「凄いですね、ルーテの精霊術……」


 収穫した作物が宙に浮き、レタスが踊るように回転してテーブルの上に舞い降りてきた。


「魔法は使えても、街の人たちに認められなかったら意味がない……」


 ルーテが私たちに、レタスを差し出す。

 こんなにも大きなレタスを育てるまで、ルーテがレタスにたくさんの愛情をかけてきたことが伝わってくる。


「必要でしょ……? このレタスが」

「でも……」

「カレット、夜も遅いわ。一旦、宿に戻りましょう」


 ルーテが作物を見る目には、満足感が映り込んでいるようだった。


「……これ、お金です」

「うん、ありがとう……」


 ルーテの笑顔からは温かい感情を分けてもらえるのに、街に流れる彼女の噂は氷のような冷たさを与える印象でしかない。


「また……また、来てもいいですか」

「うん……」


 ルーテはほんの少し口角を上げて、私とピアを送り出してくれた。

 私の表情は沈んだままだけど、ピアは私の手を取って街の方角へと進んでいく。

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