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空を飛べなかったから、旅することを選びました  作者: 海坂依里
第3章「本当はずっと不安だったけど、あなたが隣にいてくれたから夢を見れた」
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第6話「魔女の正体」

「まずは、カレットが仲良くならないとね」

「仲良くなったら、雷で森を照らしてくれますか……?」

「できるわよ。カレットは、精霊使いなんだから」


 やっぱり私は、ピアに励まされる側の人間。

 自分のことが少し情けなくもなるものの、ピアからもらった『精霊使い』という言葉に力をもらう。


「はいっ、私は精霊使いです!」


 途端に風が木々の葉を揺らし、その囁くような微かな音にすら身を竦めてしまった。


「ふふっ、前途多難ね」

「もう! 子ども扱いしないでくださいっ!」


 足元に気をつけながら先へと進むと、月明かりに照らされた建物を発見する。


「ピア! あのレンガでできてるお家!」


 塔に辿り着く前に、赤茶のレンガがきっちりと積み上げられている家屋を見つける。

 家の中央には丸い煙突があって、もうすぐ日付が変わる時間帯の夜でもわずかに白い煙を吐き出していた。


「こんなレンガ造りの家、何かの絵本にあったわね」

「昔のピアは、絵本の読み聞かせをしてくれましたよね」


 ピアの言葉を受けて、懐かしい絵本の題名を思い出す。

 小さい頃は本がすり切れるくらい夢中になって、絵本の世界に親しんでいた。

 それなのに私は別の物語を出会うために、絵本の世界を卒業してしまった。


「ここが、魔女の住処かもしれませんね」

「もうすぐで陽の専門職社(オリエル)なのに、なんでこんなところに住まなきゃいけな……」

「そこで、何をやっているの……?」

「きゃぁぁぁぁ」


 私もピアも、目の前にある建物に意識を集中させていた。

 だから、背後から誰かに声をかけられるなんて想像もしていなかった。

 私たちは大声を上げて、その場に蹲ってしまう。


「うるさい……人の家の前で、何をやっているの……?」


 ゆっくりと、後ろを振り返る。

 そこには、深い海の色のような青い髪をした少女の姿。

 月明かりを受けると、深海を閉じ込めたような濃い青色の髪が星屑をまとったように煌めいた。


「魔女さん!?」

「魔女……? 私は、ルーテ」

「初めまして、私はカレットです! こっちの精霊は、ピアです!」


 ルーテさんの顔立ちは優美でありながらも、どこか神秘的。

 同い年くらいに見えるけど、高貴な血筋を感じさせる魔法使いのローブはルーテさんをおとなの世界へと連れて行ってしまう。


「ルーテさん!」

「さん付け、不要……」


 ルーテは私たちの名前を確認すると同時に、レンガのお家へと向かってしまった。

 森の中に置き去りにされるわけにいかないと思った私たちは、急いでルーテの後を追いかける。

 すると、彼女は足を止めて、ゆっくりと振り返った。


「夜も遅い……来て……」

「でも、それはさすがに……」

「早くしないと、体が冷える……」


 専門職社(オリエル)は警察と同じで、二十四時間休むことなく稼働している。

 私たちが陽の専門職社(オリエル)を訪ねることは失礼に該当しないものの、ルーテの住まいと思われる建物にお邪魔するのは非常識。わずかな抵抗を試みたけれど、ルーテは有無を言わせずに私たちを手招く。



「お邪魔します……」


 レンガ造りの重たい印象を与える家屋とは正反対に、室内は可憐という言葉が相応しいような内装だった。

 壁は淡いクリーム色に塗られていて、陶器の花瓶には色鮮やかな花が挿されている。戸棚にはぬいぐるみが座っていて、テーブルの上にはレースのクロスがかけられている。可愛いが詰め込まれた内装に、思わず見惚れてしまう。


「魔女って、おばあさんだと思ってました……」

「魔女っていうと、物語の印象が強いものね」


 私とピアが物語の世界に足を踏み入れたときのようなときめきを感じていると、ルーテはキッチンで何かを準備していた。


「ルーテだったら、レタスを分けてくれそうですね」

「そう簡単にいかないから、男の人は悩んでたんじゃないの?」

「……言われてみると」


 初対面の私たちをもてなしてくれるルーテを見ていると、気難しさや恐怖というものは感じられない。

 本当に彼女が噂されている魔女なのかと疑念が湧くほど、彼女は私たちに親切にしてくれる。


「こんな夜更けに、何しに来たの……?」


 しんと静まり返った夜にルーテを訪ねたことを申し訳なく思っていると、マグカップの中に注がれたスープをルーテが提供してくれた。

 ハーブの香りが漂ってくるスープの香りに温かさを感じていると、ルーテはスープを飲みなさいという仕草を見せてくれる。


「いただきます」

「ありがとう」


 温かなスープは疲れ切った身体に染み渡り、心を穏やかにしてくれる。

 普段ならスープの感想を伝えるために、頭の中で語彙を巡らせる。

 でも、この美味しさを伝えるための語彙も方法も、私は未だに思いつかない。


「美味しいですっ」

「私が作ったから、当然……」

「ルーテの手作りですか? 凄いです!」


 初めましての人と話すときは緊張が高まって心臓が可笑しな動きをしてしまうけど、ルーテとは緊張せずに言葉を交わし合えているような気がする。


(旅の力、かな……?)


 今までの人生には、水の専門職社を旅立つという選択肢がなかった。

 でも、場所を転移するという不思議な現象を経験したおかげで、私の世界が大きく広がりを見せているのかもしれない。


「美味しいですね、ピア」

「ええ、美味しいわ」


 言葉を交わすときは、言葉を選ばなければいけない。

 間違ったことを言ったら、相手を傷つけるかもしれないから。

 それが怖くて、始めは上手く喋ることができなかった。


「体が温まったのなら、本題」


 けれど、今の私なら、昔よりは上手く言葉を運ぶことができるんじゃないか。

 小さく生まれた希望は、ルーテの瞳を真っすぐ見るという勇気をくれた。

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