第5話「繋がる」
「魔女は、ほら、あの塔が見えるかい?」
男の人が、窓の向こうを指し示す。
天まで届きそうな塔を視界に映すことで、私たちは陽の専門職社が城を拠点としているということを思い出す。
「あの塔の近辺に住んでいるらしい」
「そこで、レタスを栽培されているんですか?」
私の問いかけに、男の人は首を縦に振ってくれた。
「こんなに恐ろしいことを君たちに頼んでしまって、本当に申し訳ない」
私たちが暮らしている国に、物語に出てくるような魔女と呼ばれる存在は確認されていない。
魔女を探すことですら苦労をしそうなのに、男の人は魔女に関する情報を簡単に教えてくれた。
「気をつけるんだよ!」
私たちは事件に巻き込まれそうになっているのか。
それとも、本当に困りごとを抱えている人と遭遇したのか。
男の人たちは私たちに大きく手を振りながら私たちから遠ざかって、盛大な別れ方に恥ずかしくなってしまうほど。大きな事件には発展しないことを祈りたい。
「……シスカさん、来ませんね」
「シスカどころか、誰も男性を助けようともしなかったことも引っかかるわね」
もうすぐ寝静まる時刻と言ってもいいほど夜が深まっている時刻に、私たちは大きな声を出して会話をしていた。
それなのに、私たちを注意する人たちは誰一人現れない。
そしてピアが指摘した通り、男の人が大きな声で助けを求めていたにも関わらず、男の人を助けるために声をかける人もいなかった。
「精霊使いって、試験か何かありましたっけ?」
「聞いたことないわ」
恐らく私たちは、何かに巻き込まれつつある。
それは凶悪事件ではなく、多くの仕掛け人がいる平和的なものだろうと想像がつくけれど、その仕掛け人の意図が分からない。
「考える暇があったら、行動しましょうか」
「って、カレットは休んでないでしょ!」
「不眠は不眠でも、ご飯はいっぱい食べました」
「少しは休みなさい」
「ありがとうございます」
不眠は体に良くないと思いつつ、私の足は軽やかだった。
「森で、ぶっ倒れても知らないから」
「ごめんなさい、でも、止められなくて」
「何を?」
「この初めて感じる高揚感が、です」
私が真白の小鳥だったとき、世界を焼き尽くす炎が降り注いでこない蒼の空に憧れた。
水の専門職社で先輩たちの仕事を支えていたときも、飛ぶことのできない蒼の空に憧れを抱いた。でも、憧れは憧れのままだった。
「今なら、どこにだって行けるんですから」
空を見上げることしかできなかった自分から、ようやく卒業することができた。
今は二体の精霊と共に世界中を旅することができると考えるだけで、大きく心臓が高鳴っていくのを感じた。
「空を飛べたら、楽なんですけどね」
月明かりが木々の間から差し込んでいるとはいえ、幻想的な真夜中の森とは言い難い雰囲気が目の前に広がっていた。
「あのね、空を飛べるからって万能ってわけじゃ……」
「ふふっ、お気遣いありがとうございます」
金色の精霊石を取り出して、雷の精霊の力を借りようと思った。
「照らしてください、私たちの行く道を」
いつまでも森に入るのを躊躇ってばかりいては、私たちの物語は永遠に始まることはない。
暗い夜道を照らすために雷の精霊を呼んだのに、精霊石から精霊が出てくる気配は微塵も感じられない。
「まだ……認めてもらえないみたいですね」
ミスティル・ウェイの訪れを利用して契約した精霊ならともかく、私は雷の残留思念精霊を無理矢理、仲間に加えたようなもの。残留思念の機嫌を損ねたままだと気づき、金色の精霊石を小瓶の中へと戻す。
「塔を目印にすれば、まあ、迷わないでしょ」
下へと向きかけた私の視線を上げるために、ピアが前向きな声を届けてくれる。
「私、きっと独りだったら、俯いてました」
「私が仲間に加わって良かったわね」
「はいっ!」
私の口から出てくる言葉は、ピアの励ましにもなれない残念な言葉ばかり。
それなのに、ピアは私を励ますための言葉をくれる。
それがほんの少し狡くて、ほんの少し羨ましくて、私は私以外の人間になることができないのだと気づいて無理にでも口角を上げる。
「一緒に、物語の続きを見に行きましょう」
先に進みたいという正直な気持ちを伝える。
ピアとパートナーになれたことが、凄く奇跡的なことだと思っているからこそ、しっかりと声を出す。
「ピアとなら、なんでもできちゃう気がします」
ピアが、私の左手を取る。
「お姉さんの私が、案内してあげる」
私の左手と、ピアの右手が繋がる。
手を繋いで、いざ森の中へ。
「ピア、かっこいいです」
「カレットがいなかったら、私も勇気を出せないままだったわ」
「私なんて、そんな……」
この先、何が待っていたとしても大丈夫。
転移してきた世界では、それだけ心強い存在と出会うことができた。
「一緒に頑張りましょう」
それを魔女様に伝えたいのに、世界が違うだけで声を届けることができないもどかしさ。
そのもどかしさの片付け方は今も分からないけれど、私は自分の物語を先に進めたいと思った。
「はいっ」
ピアに、手を引かれる。
ただ、それだけのこと。
ピアと一緒に、一歩を踏み出す。
ただ、それだけのこと。
ただ、それだけのことが積み重なっていく。
新しい世界を見せてくれる人たちがいるって、こんなにも嬉しいことだと自身の体験を通して知っていく。
「あの塔を目印にして歩けば、とりあえず迷うことはないんじゃない?」
「でも……虫さんを踏んでしまいそうです……」
「私は、空を飛べるから平気」
「うぅ……」
森があまりにも静寂に包まれているせいか、なぜか足音を忍ばせながら進んでしまう。
風が木の葉を揺らし、遠くでフクロウらしき鳴き声が響く。
動物の目もモンスターの目も周辺には見当たらないはずなのに、耳は敏感に周囲の音を捉えていく。
「雷の精霊さーん……力を貸してくれませんかー……」
不安を隠すことなく、小瓶の中で眠る金色の精霊石に話しかける。
残留思念と呼ばれている精霊は、何か理由があって人間界をさ迷っている。
私に付いてくることを選んでくれたとはいえ、心を閉ざしている状況に変わりはない。
それでも雷の精霊に隠しごとはしたくなくて、自分の気持ちを語りかけていく。




