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空を飛べなかったから、旅することを選びました  作者: 海坂依里
第3章「本当はずっと不安だったけど、あなたが隣にいてくれたから夢を見れた」
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第4話「視線が下を向かずに済んだのは」

「え、あ……来るなってことは、何か守りたいものがあるってことですよね?」


 シスカさんとピアは意思疎通できているようで、今度は一緒に顔を見合わせた。


「陽の専門職社(オリエル)の資金源の秘密が分かるかも……」

「いいチャンスじゃないかしら」


 まるで壮大な悪だくみを企んでいるかのように、シスカさんとピアは一致団結感を示すような悪い顔を浮かべている。


「私たちの目的は、シスカさんの陽精霊をお医者様に診てもらうことですよ」

「カレット、真面目すぎ」

「同意」


 人間なりの冗談なのかもしれないけど、私は二人が無茶をしないように目を光らせる。


「ピア、その悪い顔はやめてください。部屋に戻りますよ」

「わかったわ」


 ティーテーブルに焼き立てのパンが置かれていることに気づいたピアは、シスカさんとの別れ際にクロワッサンを一個だけ口にくわえてきた。


「これから眠るんですよ?」

「さっき石の中で、十分休んだわ」

「精霊は体重を気にしたり、虫歯の心配をしなくていいところが羨ましいです」


 好きな物を好きなだけ食べることができるピアに目を向けながら、私はシスカさんに会釈をして宿屋のラウンジから退却した。


「ん」


 宿屋の廊下に出た途端、ピアは私に手を差し伸べてきた。


「よくよく考えると、猫の外見は手なのか足なのか、よく分かりませんね」

「気持ちは、手よ」


 手を繋ぐ。

 人の指と、精霊の手が繋がる。

 異種族同士が手を繋いでいるのに、確かな熱が存在する。

 熱を感じることで、今日も私は生き抜くことができたんだってことをピアは自覚させてくれる。


「命さえ繋いでいれば、なんとかなるわ」


 聴覚がピアの言葉を拾って、私は自然と口角を上げたと思う。

 私が口角を上げると、宙を浮きながら移動をしているピアも一緒に笑顔を浮かべてくれた。


「二人で手を繋げば、なんでもできちゃいそうです……」

「ああ! 困った! どうしたらいいんだ……」


 部屋に辿り着く直前。

 先へと続く廊下の先で、男の人が頭を抱えて大きな声を上げていた。


「困っているみたいですね」

「カレット、こんな夜更けに一人で行動するのは……」

「私には、ピアがいますから」


 私とピアが会話を進めている間にも、男の人は『困った、困った』と叫び続けている。

 ピアの忠告通り、この先に危険が待っているのかもしれない。

 でも、この宿屋にはシスカさんを始めとする宿泊客がいる。

 どんな展開が訪れたとしても、大丈夫だという確信が生まれてくる。


「二人でなら、大丈夫です」


 魔法使い様に送りたかった言葉と笑顔を、ピアのために心を込めて送る。

 異世界転移してきてから、ずっと精霊使いを目指してきた。

 それなのに、私はずっと精霊と契約できない落ちこぼれだった。

 だけど、今は精霊と契約を交わすことができたという誇りに心の武器へと変えていきたいと思う。


「ああ、困った! 本当に困った!」


 まるで私たちを待っているみたいに、『困った』と繰り返し大声を上げている男性。

 男の人は農業に従事しているような恰好をしているけれど、大都市クラストバークで農業が有名という話は聞いたことがない。


「どうかしましたか」


 私が男の人に話しかけると、男の人は目を輝かせるように私たちを見てきた。


「妻がね、魔女の作ったレタスを食べたいと言うんだ」

「レタス……?」


 声に出すつもりはなかったけれど、凶悪な事件に巻き込まれるのではないかという予感が一気に覆されてしまったために声が漏れ出てしまった。


「魔女に関わったら、私たちは呪われてしまう!」


 私もピアも、同じことを考えたと思う。

 私たちが暮らしている国には、物語に登場するような魔女はいませんということを。


「あの、この国は人間と精霊が共存をしているので……」 

「でも、妻とお腹の中にいる赤ちゃんには、美味しいレタスを食べさせてあげたい……」

「お兄さんには、赤ちゃんがいるんですか……?」

「ああ、もうすぐ産まれてくるんだ」


 魔女に怯えていたはずの男性は、私が赤ちゃんの話を始めると同時に顔を綻ばせた。

 さっきまでの不安そうな顔が嘘みたいに、素敵な笑顔を浮かべる。


「元気な赤ちゃんが産まれるといいですね」


 未来に産まれてくる赤ちゃんのことを想って、男の人に声をかける。


「そうだった! 元気な赤ちゃんを産んでもらうために、魔女の畑で作っているレタスが必要なんだ!」


 話が、振り出しに戻ってしまった。


「会話、進まないわね……」


 ピアと、ひそひそと作戦会議。

 私たちが内緒話をしても、男の人はまったく気にしていないみたいだった。

 頭を抱えて、『レタス、レタス』と何度も呟く。


「私たちが、魔女の畑に行けばいいのでしょうか……?」


 自信のなさそうな声で、私はピアにレタスを採りに行くことを提案する。


「カレット、それよ!」

「え?」

「魔女がなんだか分からないけど、私たちは誘われてるの」


 この男の人の正体が、何者かは分からない。

 世界は精霊使いに頼り切っているといっても、シスカさんは残留思念の精霊との戦いと突然の場所移動で戦力を欠いている状態。男の人の望みを叶えることができるのは、私しかないということかもしれない。


「きっと、今回の転移には理由があるのよ」

「……残留思念の精霊さん」

「そうね。シスカのパートナーを回復させるためなのか、カレットを試すためなのかはわからないけど」


 私たちが生きている人生に、正解不正解があるのかは分からない。

 でも、この場には私とピアしかいない。

 ほかの宿泊客が登場しないからこそ、二人で考えて、二人で決めて、二人で物語を進めなければいけないと思った。


「私たちが、魔女からレタスをもらってきます」


 私が男性に提案すると、男の人は輝かしいと思えるほどの素敵な笑顔を浮かべてくれた。


「ありがとう! 本当にありがとう!」


 自分たちの力を過信しすぎているのかもしれないけど、誰かの役に立てるって素直に嬉しいなと思った。

 やっと、精霊使いとしての始まることができるのかなって気持ちの高鳴りが止まらない。

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