第2話「奇跡が起きるのは、精霊が存在するから」
「精霊と一緒に作る料理は、あまり発展してこなかったと伺っているのですが……」
精霊たちは人間の食文化を知らないために、精霊は料理を美味しくない方向へと導いてしまうと言われている。
人間の手で愛情を込めて作るからこそ、料理は美味しいというのが一般的な常識。
「人間も精霊も、日々進歩してきているってことじゃないかな」
「日々……進歩……」
これだけの味を精霊の力で生み出すことができるようになったら、世界の食文化というものが変わってくる気がする。
精霊の力と人間の力が融合して、これから先の未来……新しい文化や技術が生まれてくる可能性だってある。
「本当に、精霊の力は素晴らしいよね」
私が住んできた場所や私が育ってきた環境は、たまたま水の精霊に関して造詣がふかい人たちが集まっていた。
だけど、シスカさんとの出会いは、私に世界は広いんだってことを教えてくれた。
「シスカさんは、私のお姉さんみたいですね」
「そんなに年上っぽいかな……?」
「凄くしっかりしているお姉さんみたいです」
幼い頃から噂で聞いていたシスカ・レーゼンノイテルは、今も昔も憧れの気持ちがやまない先輩的存在。
どんなに外見だけは同い年に見えても、器の大きさや経験の数が違うだけで、こうも大人に見えてしまう。
ますます、彼女への尊敬の気持ちが高まっていく。
「自覚がないところが、物凄くかっこいいです」
シスカさんは自覚がなかったみたいだけど、私はシスカさんがどんなに凄い人なのかを語ることができる。
それだけ幼い頃のシスカさんは、名前が出てくるだけでも騒がれていた有名人。
「でも、そんなかっこいい方と同い年で、そこもとても嬉しく思っています」
嬉しい、という言葉の使い方が正しいかは分からない。でも、私は心の中に次々と生まれてくる感情を包み隠すことなく、シスカさんにお話した。
「シスカさんのこと、私、もっと知りたいです」
シスカさんと一緒に見ている、この景色。
目に映る、すべての景色を記憶に残したい。
そんな希望が生まれてしまうのも、同い年の女の子と親しくさせてもらうのが初めてだからかもしれない。
思考も心臓も楽しく動き始めるのを感じて、初めてを経験するのに戸惑っていたばかりの自分に笑顔が咲いていることを願いたくなる。
「シスカさんが見ているもの、シスカさんが感じているもの、シスカさんの好きなものや嫌いなもの……これからたくさん知っていきたいなと」
ついこの間まで、私たちは同い年の女の子という繋がりしかなかった。
でも、精霊使いという共通項が、私とシスカさんを改めて深く繋いでくれたことに感謝したい。
「シスカさんのことを知ることから始めたいなと思っていて……」
精霊使いになる前も、精霊使いになった今も、まだ生き方の右左も分かっていない。
水の専門職社以外の世界を知るというのは、本当に本当にたくさんの勇気が必要だった。
外の世界を羽ばたくって、こんなにも勇気がいるんだってことを久しぶりに思い出した。
「幼い頃の私と、今の私。違いがありすぎて、カレットは幻滅しちゃうかも」
「幻滅しない自信がありますよ」
勇気を獲得することの難しさを経験したことがあるからこそ、シスカさんが私の手を引いてくれたこと。
ピアと残留思念が、私に新しい世界を紹介してくれたこと。すべてが私を大きく成長させてくれているような気がする。
「人は綺麗と穢れを纏うから、人間として生きていくことができるらしいですよ」
「カレットを人間にしてくれた、ご主人様の言葉?」
「はいっ、魔女様は聡明で素晴らしいお方です」
これから長く続いていく人生の、ほんの一瞬でもいいから、私はシスカさんと同じ景色を見てみたい。
「その言葉、解釈するの難しくない?」
「あ、魔女様の悪口は禁止です」
シスカさんが浮かべてくれた優しい笑顔。
この笑顔が大好きだからこそ、私もシスカさんに柔らかな笑みを返すことができていたらいいなと思う。
「精霊使いとして頑張って、もっとシスカさんと仲良くなりたいです」
水の専門職社に務めるナティー以来、久しぶりに友達になってくれそうな女の子が現れた。
私の心が感動という感情で満たされているってことをシスカさんに伝えたいのに、心の中を開くことができないことが大変悔やまれる。
「シスカさん。あらためて、自己紹介しませんか」
シスカさんと仲良くなりたいっていう、自分の気持ちには正直でいたい。
「出会ったばかりの人間を信用するなんて、少し難しいですからね」
話を、出会った頃の最初の最初。
「私の名前は、カレット・グリードです」
私たちの関係を、初めましての位置まで戻す。
「小鳥時代は怪我で空を飛ぶことができなかったので、ほかの動物さんや魔女様のお話をたくさん伺ってきました」
シスカさんは黙って、私の口から出てくる次の言葉を待ってくれる。
私たちは、これからどうしていくかを話していかなければいけないのに、私は自分の紹介を続けていく。
「好きな食べ物は、エンジェスノウという名前のお店のかぼちゃタルトです」
アクアズフロウトから都市クラストバークへ転移してきた時点で、ばらばらに行動したって良かったはず。
シスカさんには、一人でアクアズフロウトに帰ることができるだけの知識も経験もある。
私のことなんて放っておいても、シスカさんの人生は成立するのに、シスカさんは私を放置するという選択肢を選ばなかった。
「シスカさんは、甘い物は大丈夫ですか」
「大好き」
「では、今度一緒に食べに行きましょう」
戦禍を生きた私は、今日の日のためにあったのかもしれない。
私が優しい人たちに囲まれて生きることを、魔女様はずっと願ってきてくれたのかもしれない。
「……一緒に行くという願いは、とても贅沢なものなんですね……」
「カレット……?」
人間、なんでこの程度で涙が出てきてしまうんだろう。
こんなところで泣いてしまうなんて情けないと思う。
そもそも、シスカさんに心配をかけないっていう当初の目標も達成できていない。
こんなにも簡単に目標が崩れ去ってしまうなんて、これではシスカさんとの今後が思いやられてしまう。
「すみません、嬉しくて……誰かと約束を交わすって……とても大切なことだったので……」
「カレット……」
シスカさんは、何度も私の名前を呼んでくれる。
名前を呼んでもらえるから、私は零れ落ちる涙を拭ってみせる。




