第1話「経験のない私の瞳に映る世界」
(お腹いっぱい……)
黄金色に焼き上げられたお肉からは、たくさんの肉汁が溢れ出してきて、それだけで感動を誘った。
色鮮やかなサラダに、果物をふんだんに使ったタルトまで用意してもらって、至れり尽くせりの食事時間を過ごすことができた。
(なんだか凄い贅沢ですね……)
精霊のピアは人と同じ食事を摂っても摂らなくても生きていけるけど、私たちの幸せそうな表情を見ているだけの状況には耐えられなかったらしい。途中から、ピアも一緒に食事の輪に加わってくれた。
(また、親方たちに心配をかけてしまいました……)
宿屋のお風呂に入って、着ていた衣類は洗濯を専門に行っている専門職社へ。
至れり尽くせりの待遇に戸惑いつつも、お金がないものはどうしようもない。
私とシスカさんは、フレイルさんたちの厚意に甘えさせてもらった。
(こんなにも太陽が高い位置にあるのに、眠ってもいいのでしょうか……)
旅の疲れを癒すために、都市の入り口にある宿屋を訪れた。
もちろん宿屋に宿泊できるのも、フレイルさんたちのご厚意のおかげ。
(ちゃんと、お金を返せるように稼いでいかないと……!)
重厚な造りの木製の階段を上がりながら、窓から見える都市の美しさに心を奪われた。
街の美しい景色が一望できる窓に見惚れ、世界にはまだ自分の知らない風景がたくさんあることに気づかされていく。
(ピアはもう眠っている頃ですよね)
食事は摂っても摂らなくても大丈夫な精霊だけど、休息だけは精霊にも必要。
小瓶に金色の石、青色の石、白色の石の三個が入っていることを確認しながら、私は宿屋の廊下を歩いて自分の部屋へと向かっていた。すると、宿屋のラウンジで何かの書物を読んでいるシスカさんの姿を見つける。
「シスカさん」
「カレット?」
自分の部屋に向かうことをやめ、シスカさんが利用しているラウンジへ足を踏み入れる。
「休まれないのですか?」
「体は疲れてるんだけど、目が冴えてどうしようかなって……」
シスカさんは旅慣れしていることもあって、何が起きても動じないのかもしれない。
私たちは同い年のはずなのに、シスカさんはとても大人びて見える。
シスカさんの真似をして背筋を伸ばせば、なんとか大人の世界に飛び込めるのではないか。
私は背筋を真っすぐ伸ばしながら、シスカさんの傍に置いてある空き椅子に腰かける。
「そんなに怯えなくても」
「あ……宿屋に泊まるのが初めてなもので……」
視線をきょろきょろと動かすのは行儀が悪いと思いつつも、初めて見る宿屋に初めて出会うお客様。
初めて訪れる大都市に私の関心はすべて持っていかれそうになっている。
「水の専門職社には、クラストバークに転移してきたことを連絡入れたから」
「すみません、何から何まで……」
自分がやらなければいけないこともたくさんあるのに、シスカさんやフレイルさんは私が動くよりも先へ先へと気を配ってくれる。
「向こうからの返事はまだだけど、なんとかなると思う」
いくら精霊という無敵で素敵な存在と人間が共存しているといっても、音の精霊や風の精霊の力を借りた配送技術はそこまで発展していない。
大昔に比べれば配送環境は整っているとは言っても、命に匹敵するくらい大切なものを運ぶのは控えるのが常識。
「本当に、助かっています。その、世間知らずすぎて……」
「知らないことがあるのは悪いことじゃない。これから知っていけばいい」
「……ありがとうございます」
両手をぎゅっと握り締めて、心を落ち着かせるために目を伏せる。
無知な自分を責めることはいくらでもできるけど、悲観的なままでは未来が輝くことはないと私は知っている。
終わらない戦争に悲観的になっていた、白い小鳥のときの記憶が私を前に向かせるための力をくれる。
「カレットが生まれ故郷を離れるのは、二度目になるのかな?」
首を縦に振って、シスカさんの言葉を肯定する。
「肩が凝りそうなくらい緊張してて、面白い」
「初めてのことは、何事も緊張してしまいます……」
「ふふっ、うん、大丈夫。ゆっくり呼吸をして」
宿屋を観察するために視線をさ迷わせ、私が宿屋に泊まり慣れていないという緊張はシスカさんに伝わってしまった。
「すべての宿屋に用意されているものではないけど、さすがは大都市だね」
シスカさんが視線を向けた先には、焼き立てのパンや焼き菓子が置かれた華やかな雰囲気あるティーテーブル。
「軽食、食べても大丈夫」
「え」
宿屋に宿泊している人たち全員が、ティーテーブルに置かれている軽食を食べてもいい。
そんな初めての知識に驚かされていると、同じく宿屋に宿泊する人たちがティーテーブルから軽食に遠慮することなく手を伸ばしていく。
「さっき、お腹いっぱい食べたのに、これ以上の贅沢は……」
「太ることを気にしてるなら、食べなさい。お腹いっぱいなら、食べなくてもよし」
命令口調で私に食事を促してくるシスカさんだけど、ほんの少し上がった口角を見て、これは強制されていることではないと気づく。私が、食べるかどうかを選んでもいいということ。
「苦手な食べ物しかない?」
「そんなことないです、あの……えっと……」
「夕飯の後に食べられないかもしれないけど、甘い物ならどう?」
ティーテーブルに置かれている菓子やパンの類に目を向けるけれど、私が手を伸ばすことで宿屋が経営難になったらどうしようなんてことを考えてしまう。
「もし良かったら、ね。これは、宿屋のお気持ちだから」
「お気持ち……」
柔らかな笑みを浮かべて、遠慮してばかりの私に配慮してくれるシスカさん。
私が人の好意を素直に受け取ることができる人間だったら、私に食べ物を食べさせることにシスカさんは苦労しなくて済む。
(こういうときは、素直に好意を受け取る……)
自分に言い聞かせながら、私はシスカさんと宿屋の経営者さんの好意に甘えさせてもらった。
「……!」
「口に合わないものはないと思うんだけど……」
「美味しいです……!」
適当に手に取った金塊のような形の焼き菓子は、バターの風味がとても豊かで口どけが柔らかくて優しい。
「これ、精霊使いが作った物なの」
「……え」
「感動するよね」
「精霊と一緒に作ったお料理は、確か美味くないはず……」
調理をするときに必要な火力は精霊の力を借りるのが一般的だけど、そのあとの工程に精霊が関わることに驚かされた。




