第11話「生まれ育った場所を離れて」
「私たち……どうして、この場所に転移してきてしまったのでしょうか……」
「人間と精霊が共存する世界だものね」
両手で頭を抱えてみるものの、私の頭脳で解決できる案件でないことは分かっている。
そして、この場にいる誰もが転移の理由を説明できないことも分かっている。
「起きてしまったことを悔やんでも仕方がないわ」
柔らかい声質で、フレイルさんは私のことを励ましてくれた。
「……そうですよね、今は落ち込んでいる場合じゃないですね」
「うん、うん」
叱るわけでもなく、咎めるわけでもなく、優しい優しい声色でフレイルさんは私に元気を与えてくれる。
(私は、誰かに迷惑をかけたくて精霊使いを目指してきたわけじゃない)
私は大切な人を守るために精霊使いになると決めたのなら、俯いてばかりはいられない。
「っ!」
「カレットちゃん?」
「シスカさんの精霊石!」
アクアズフロウトから、都市クラストバークに転移してきた私たち。
シスカさんが寄りかかっている壁の方へと目を向けると、シスカさんもシスカさんでどうしようか悩んでいるような顔をしていた。
シスカさんが一言も発していなかったのは、それが原因だとようやく気づくことができた。
「ごめんなさい! 私がタチールさんに、精霊石を預けるように促したから……」
「タチールさんに診てもらうという判断を下したのは私。だから、気にしない」
シスカさんは、昼間に素晴らしい芸術を披露してくれた水精霊のシャロットさんをアクアズフロウトに置いてきてしまったということになる。離れ離れになったシャロットさんのことを誰よりも心配しているはずなのに、シスカさんは私に苛立ちをぶつけてくるようなことはしない。
「カレットちゃんにはピアさんがいるから、帰るまでの道のりで何かあっても対処できると思う。問題は、シスカさんの方かな」
フレイルさんは人間の言葉を話すことができるピアの力の高さを信頼して、道中に何が起きても大丈夫と太鼓判を押す。
すると、ピアはにやりと口角を上げて、任せなさいと頼もしい笑みを浮かべた。
「私は戦いで疲れ果てた陽精霊と……ほかにも契約したばかりの精霊がいますが、旅の役に立てるほど仲良くなっていなくて……」
精霊と仲良くって表現を使うシスカさんに惹かれた。
シスカさんへの好感度を高めている場合ではないってことは分かっているけど、シスカさんの口から精霊と仲良くって言葉を聞くことができたことを嬉しく思った。
「都市クラストバークの近隣の村に、陽の[[rb:専門職社 > オリエル]]があるのは分かるか?」
「もちろんです」
ここまで沈黙を貫いてきたグライヴさんが、フレイルさんの言葉を補うように会話の中へと入ってきた。シスカさんは眉をひそめながら、グライヴさんの言葉に応対していく。
「最初にやることは陽の[[rb:専門職社 > オリエル]]に向かって、陽精霊の体調を完璧に整えることだ」
「そうですね。カレットと一緒に旅をするなら、それは必須事項……」
グライヴさんと会話をしているのはシスカさんだけど、私もグライヴさんの話を記憶するために二人の会話に集中した。
「グライヴくん! 違います!」
真剣な話が続くと思って身構えていたのだけど、ここで私たちを和ませてくれたのはフレイルさんの穏やかな声だった。
「しっかり食べて、しっかり休むこと!」
でも、どんなに和らいだ声でも、大切なことを言葉にするときの芯の強さをフレイルさんから感じた。
「まずは、そこから。ね?」
笑みを浮かべることで、相手に安心感を与えられる人がいる。
魔女様が浮かべた優しい笑みしか知らなかった私は、次から次へと新たな出会いを経験していく。
その経験の積み重ねに寂しさのような気持ちも抱いてしまうけれど、私に安心を与えてくれる人がいることに感謝しているのも本当のことだった。
「悪かった……休息をとる方が先だったな」
「謝らないでください、あの、その、健康だけは取り柄ですから!」
グライブさんが謝ることなんて何ひとつないのに、申し訳なさそうな表情を浮かべながら私たちを視界の中へと入れてくれた。
でも、そのあとすぐに、ゆっくり休むように私たちを優しさで包み込んでくれるという気遣いを嬉しく思った。
「きっと、大都市クラストバークに転移してきたのも、シスカさんの陽精霊を診てもらう必要があったからとか……そういう運命に導かれて、私たちは出会ったので……」
フレイルさんとグライブさんが丁寧に言葉を紡ぐ姿を見て、私も上手く言葉を紡いでみたいと思った。
でも、舌を噛んでしまいそうなくらい上手くいかない。
人の体を得て数十年が経つのに、自分の気持ちの伝え方は未だによく分からない。
「謝らないでください、グライブさん」
フレイルさんのような、誰かを安心させるための笑顔を浮かべることはできない。
でも、自分なりに精いっぱいの笑顔を浮かべて、グライブさんが気にかけることは何もないと伝える。
「この世界に、無駄な縁なんてない」
頭の中が混乱して恥ずかしいことになっている私を助けてくれたのは、シスカさんの凛とした声だった。
「私もカレットと同じ気持ちで、お二人には感謝以外の言葉が見つかりません。お気遣いなく」
唇を優しく噛んで、シスカさんを見つめる。
経験豊かな人生を歩んできたシスカさんの落ち着きに憧れの気持ちを抱きながら、私もシスカさんのような頼りがいを身につけたいと手にぎゅっと力を込める。
「じゃあ、二人とも。まずは、ゆっくりと休むこと。お姉さんとお兄さんとの、約束ね」
「はいっ」
「はい」
ほぼ無一文に近い状態で転移してきた私は、今回だけは特別にフレイルさんたちに美味しすぎるご飯をいただくことになった。




