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空を飛べなかったから、旅することを選びました  作者: 海坂依里
第2章「簡単に奇跡は起こらないかもしれないけれど、奇跡が起きる世界に生まれてこれたからこそ」
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第10話「夢が叶った日」

(ピアなら、もっと高く飛べるのかな……)


 まるで背中を押すように、風が私たちを地上へと送り出す。


「さっきまで夜だったのに、今は昼なのね」


 心が震えている。

 言葉で表現できないほどの感動が自分を包み込んでいるのを感じて、私は必死に零れ落ちそうな涙を堪えた。


「それだけ大移動したなんて、何が起きたのかしら」

「あの、ここはどこですか?」

「ここがどこかは分からないけど、シスカも一緒」

「シスカさんも?」


 私たちが、どうして水の専門職社(オリエル)から闘技場という場所に移動したのか。

 まったく訳の分からない展開に戸惑いながらも、シスカさんも一緒に転移したって考えると少しだけ心強くなってくる。


「とりあえず、偉い人たちに謝罪しに行くわよ」

「はい……」


 この、台無しになってしまった試合の賠償金。

 一体どれくらいの額になってしまうのか。

 さすがにそこまでの知識はピアにも私にもなくて、未知なる額を想像するだけで私の頭は痛みを訴え始める。


「大変っ申し訳ございませんでした!」


 恋焦がれた空に染まることができた、あの幸福感は終わりを告げた。

 私はピアに案内されるかたちで、まるで要塞のような建物に足を踏み入れる。

 あまりにも大きな罪を犯してしまったために、このまま牢獄行きになってしまうんじゃないか。

 そんな最悪の事態を想定させるような頑丈な建物の作りに、私の心臓は尋常じゃない動きを見せる。


「もう! グライヴくんが怖そうな顔しているから、カレットちゃんが怯えているでしょ!」


 白銀色の長い髪に親近感を感じながらも、眼鏡の向こうの深い青色の瞳に神秘的な雰囲気を感じる女性と対面。


「いや……私の顔より、フレイルさんの方が怖いと思います……」

「何か言った?」

「いえ……」


 挨拶をしてくれた背の高い男性の寡黙そうな雰囲気に身が引き締まりそうになったけど、

 自分が思っていたよりも招かれた部屋の空気は重たいものではないのかもしれない。


「ということで、カレットちゃん」

「はいっ!」


 優しくて穏やかな声質の女性が、急に私の名前を呼んだ。

 私は闘技場に来た人たちの楽しみを奪うような行動をとってしまったことを、再び謝罪する。

 深く頭を下げて誠意を見せていたつもりだけど、とても素敵な声の女性は私に顔を上げるように促してくる。


「闘技場に乱入することになった件に関して、カレットちゃんの処遇をお伝えします」


 でも、女性の表情は強張っていた。

 これから私に下る罰に関して、言葉にすることを躊躇っているのかもしれない。

 どうしてこうなったのかは分からなくても、闘技場が大きな損害を受けたことに変わりはない。莫大なお金が滞ってしまったに違いない。


「結論から言って、何も問題はありません」

「…………え?」


 女性は何か面白いものを見つけたときのように、とても楽しそうな笑みを浮かべて私を見た。


「驚いた? ちょっと、威厳のある女性を演じてみたくなっちゃって」


 あまりに人を魅了するような素敵な笑顔を見せてくれるものだから、私は女性に返すための言葉が浮かばなくなってしまった。

「闘技場に乱入する人がいるって、そう珍しいことじゃないの」


 机の上に置かれた山積みの書類や書物を弄ぶために、女性が手を伸ばした。


「人間と精霊が共存している世界だからかな? 結構、毎日いろんな事件やら事故が発生しているの」


 女性が触れた山の数々が崩れそうになると、傍にいる男性はすぐに危険を察知して山を支えるために動く。

 その際に、二人が同じ金細工のブローチをしているのが目に入った。

 二人が同じ組織に所属していることが一目瞭然で、自然と背筋がぴんと伸びてしまう。


「本当に、あの! 賠償金の類とか……」

「ふふっ、大丈夫! お姉さんが大丈夫って言ったら、大丈夫だから」


 私に落ち着きを示すために、彼女は柔らかな表情を浮かべた。

 彼女の威厳を象徴するような大きな椅子と、その背もたれに掲げられた精美な旗に重みすら感じるはずなのに、女性は私と距離を縮めるための言葉を向けてくれる。


「別の場所から転移してくる人がいるのも、そんなに珍しい現象じゃないから」


 私が異世界からやって来たというおとぎのような話を受け入れてくれる人がいるのは、転移自体が珍しい現象ではないから。

 人間の姿になって十何年の年月が経つのに、そういう世界の事情というものを初めて学ぶ。


「じゃあ、自己紹介ね。私は、都市クラストバークの闘技場の……そうね。管理責任を承っている、フレイル・レディアと申します」


 銀白色の髪色が部屋に差し込む太陽の光を受け、きらきらと輝いている。

 上品な刺繍が施されているブラウスや、袖口と襟元にも金色の糸で織られた美しい模様があって、それらはフレイルさんの美しさを更に引き立てていく。


「ほ~ら、グライヴくんも」

「……副管理人を任されています、グライヴ・アートです」


 まるで物語に登場する騎士様のような、洗練された容姿をしているグライヴさん。

 彼が微笑みを向けてくれることはなかったけど、彼の瞳の奥には強さが感じられた。

 自分の職務と真摯に向き合い、自分が積み上げてきた経験と知識に誇りを持っている。

 私が大好きな先輩精霊使いのみなさんと同じ瞳をしていることに気づくと、急に頼もしさが生まれてくるほどの安堵を感じ取っていく。


「ここは都市クラストバークって言うんだけど……場所は、どこか分かる?」


 さっきから一言も発していなかったシスカさんのことが気になったけど、自己紹介の番になるとシスカさんは声を発してくれた。

 私と水精霊のピアの紹介が終わると、フレイルさんは両手で広げられるサイズの世界地図を持ってきてくれた。


「私たち、さっきまで太陽が沈んでいた場所にいて……」

「場所は、水の専門職社(オリエル)であってる?」

「はいっ」


 机の上に広げられた地図を見ながら、丁寧に説明しようと試みてくれるフレイルさんの気遣いが、とてもありがたい。


「水の専門職社(オリエル)の所在地であるアクアズフロウトと、このクラストバークは正反対の場所にあるって感じかな」


 クラストバークといえば、ないものは何もないと言ってもいいくらい設備環境の整った大都市として有名。

 もちろん大都市を訪れるのは初めてのことだけど、初めてとは思えないくらい明るい噂が絶えない都市。

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