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空を飛べなかったから、旅することを選びました  作者: 海坂依里
第2章「簡単に奇跡は起こらないかもしれないけれど、奇跡が起きる世界に生まれてこれたからこそ」
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第8話「奇跡の次に待つもの」

「夢を実現させる方って、本当にきらきらと輝いて見えるんですね」

「それは……さすがに恥ずかしい……」


 私が生きる世界は、精霊と精霊使いが生活を豊かにしてくれている。

 精霊と呼ばれる存在が身近にあるからこそ、広場に精霊使いが集ってくることをシスカさんは読んでいた。

 自分の名を名乗ることを避け、精霊使いたちの好奇の眼差しを避けていたということらしい。


「自分と精霊の力だけで旅をしたいって覚悟、凄く素敵です」

「褒めすぎ……だけど、ありがとう」


 言葉を交わし合うと、少しは呼吸をするのが楽になった気がする。

 言葉を交わし合うと、シスカさんの表情が少しずつ綻び始めるのが分かる。


「あの、私も……」

「謝らない」

「っ」

「カレットは何も悪くない。悪かったのは、自分の実力を把握しないで残留思念精霊と戦った私」


 とても長い時間、シスカさんと私はお互いの瞳を見ていなかったような気がする。

 今、お互いの瞳が重なり合ったことで、夕方の広場で楽しく会話したあの瞬間が記憶の中に鮮明に蘇ってきた。

 それは、とてもとても昔の記憶のような気さえしてきてしまう。


「精霊使いが自分と精霊の力を過大評価するなんて、最悪……」

「シスカさん……」


 まだ、星が姿を現す前の時間。

 広場で楽しそうに、精霊と共に水の芸術を造り上げていたシスカさん。

 人々に感動を与えるために精霊術を使っているシスカさんは、とても幸せそうな笑顔を浮かべていた。それなのに、今はその笑顔が消えかかってしまうときがある。


(シスカさんの笑顔……守ってみせるって誓ったのに……)


 過去の自分を恥じる。

 目の前にいる精霊使いさんの笑顔一つ守ることができていない自分が悔しい。

 さっきみたいに笑ってくれるときもあるのに、その笑顔をずっと見ていられないなんて、きっとまだシスカさんを苦しめているものがあるってこと。だったら、私はシスカさんの苦しみが晴れるまで言葉を交わしてみたい。


「カレット!」


 客人を招き入れる部屋の前まで辿り着くと、私を呼ぶ声が廊下の端から聞こえてきた。

 私を呼んだその人物は、駆け足で私たちの方へと向かってくる。


「良かった……無事で……」


 軽く息を切らした、その人物。

 とても博識な印象を与える眼鏡が特徴的で、実際に彼が抱えている知識は図書館の情報量にも負けていない。

 水の専門職社(オリエル)で働く人たちは、みんながみんな彼の存在を誇りに思っている。


「申し訳ございませんでした! ご心配をおかけしました!」


 親方の右腕的存在で、いつも私に優しく接してくれるタチール・レイトラさん。

 ナティーと同じくお人形さんのような美しい白銀色の髪色と、とても博識に見える眼鏡が特徴的な大先輩に私は深く頭を下げる。


「お帰り、カレット」


 優しさを含んだタチールさんの声を聞くと、無事に帰って来られたという安心感に包まれる。

 水の専門職社(オリエル)で働く人たちは、みんなが私の家族的存在。

 だけど、親方に一番近い位置と立場にいるタチールさんの出迎えの言葉には、特別な深い優しさを感じる。


「お帰り、ピア」

「私がカレットの傍にいるんだから、無事に決まってるでしょ」

「そうだね」


 ほんの少しの時間、残留思念と鬼ごっこをしたピアの毛並みは少し乱れていた。

 でも、その乱れすら誇りに思っているようなピアのたくましさに心が救われる。


「ピアのこと……ありがとうございました」

「白色の精霊石を使うことなく済んで良かったです」


 親方が私のために、大切な存在を手放してくれたということをしっかりと心に刻む。


「カレット! 私が決めたことなんだから、もっと堂々としなさい」

「はい」


 ピアは、私が気にしないように配慮した言葉を投げかけてくれる。

 私が、親方からピアを継承する。

 大きな出来事すぎて、私はピアと親方がくれた気持ちを一生忘れられないと思う。

 だからこそ、水の専門職社に尽くしてくれているタチールさんには、きちんと感謝の気持ちを伝えたかった。


「本当に、本当に、ありがとうございました」


 改めて、感謝の気持ちを伝えることの難しさを知る。

 この世界に存在する、どんな言語を並べても私の中にある『ありがとう』って気持ちは伝えきれない。


(それでも、伝えたい)


 だって、こんなにも私のことを想って、行動してくれる人たちがいるから。

 言葉を伝えられずに後悔するのではなく、言葉を伝えて、なるべく後悔なんてものとは縁のない毎日を送れるようになりたいと思う。


「シスカ……シスカ・レーゼンノイテルさんですよね?」


 鋭い推理能力と観察能力で、タチールさんは見事にシスカさんのことを言い当てた。

 そのことに不気味さを抱いただろうシスカさんは、一瞬不穏な表情を見せる。


「どうして私の名前を?」

「広場であなたのショーを拝見したときに、昔お見かけしたとき精霊術に面影を重ねただけの話です。もしかすると、そうかなと」


 水の専門職社(オリエル)で働く人たちにとっては、タチールさんのこの鋭い観察眼は日常茶飯事のこと。

 シスカさんには申し訳ないけど、こればっかりは慣れてもらうしかない。


「とりあえず部屋に入って休んでください。もうすぐ代表が来ますから」


 タチールさんは客室の扉を開けて、シスカさんに部屋の中へ入るよう促す。


「タチールさん、残留思念の精霊を雷の専門職社(オリエル)の方に診てもらえますか?」

「そうだね。残留思念精霊だから、普通の精霊より弱っているかもしれない」

「ありがとうございます」 


 水の専門職社(オリエル)で働くみんなには必死に隠していた、金色の精霊石が入っている小瓶。

 タチールさんに差し出すために、鞄の中から小瓶を探す。


「ピアは、どうします?」

「私は何もさせてもらえなかったから大丈夫。健康体そのもの」

「あとで、私が毛づくろいしますね」


 シスカさんは、まだタチールさんのことを完全に信用できていないようだった。

 初対面の人に自分の名前を当てられたのだから、無理もないかもしれない。

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