第7話「言葉を交わし合うから、始まる何かがある」
「ピア……」
私が望む形での契約が叶うことはなかったけれど、私が所持している精霊石からピアが姿を見せてくれた。
「ピア!」
「お客様を放置しない。そして泣かない」
「はいっ!」
ピアが、私と契約を交わしてくれたということ。
ピアが、私と生きることを望んでくれたということ。
大好きな大好きなピアが私と共存することを願ってくれた証を目にすることができて、私の涙腺は再び緩み始めた。
でも、ピアの言う通り、ここは泣くところではない。
「ごめんなさい、みなさん! 話は、またあとで!」
ピアの助けとナティーの配慮を利用して、私は精霊使いさんを賑やかな場から遠ざけようと動き出す。
「申し訳ございません、さっきから落ち着きがなくて……」
「カレットの大切な場所を知ることができて嬉しい」
「………ありがとうございます」
精霊使いさんは、水の専門職社に招かれたお客様という立場。
案内係を務める私の後を付いてくることしかできないため、いちいち振り返らないと彼女の表情を確認することはできない。
(もっと、ちゃんとお話ししたい)
私たちは、お互いの顔を見られないまま廊下を歩き続けた。
そんなに長い廊下でもないというのに、まるでいつまで経っても部屋に辿り着かないような。
そういう感覚を受けてしまうほど、私は口を動かしたくて仕方がない。
「……あらためて、自己紹介をしますね!」
でも、そんな重苦しい空気をまとっていても良いことは起こらない。
お互いに、どんなことを思っているのか語り合うまでは、この空気がどうにかできるとは思っていない。
それでも気丈に振る舞おうと努力すれば、私が話をしたいという気持ちは精霊使いさんに伝わるはず。
「私は水の専門職社で手伝いをやってる、カレット・グリードです」
私の後ろを歩いていた精霊使いさんの方を振り返って、私は自分の名前を精霊使いさんに伝えた。
大きな声で、はきはきと。
子どものときなら簡単にできたような気もするけれど、成長していく過程で相手に名前を覚えてもらわなきゃいけないっていう意識が働く。そういう余計なことを考えると、自分の名前を上手く届けることができたかなって不安になる。
「こっちは……」
「私は水精霊のピアよ」
人間が、おとなになるって難しい。
そして厳しさのようなものを、挨拶の中で感じる。
「カレットが付けてくれた名前じゃないけど、今日からはカレットの契約精霊として生きていくわ」
ピアの発する、一言一言に心が震え出す。
嬉しい。
とにかく嬉しい。
叫びたくなるくらい嬉しい。
でも、ここは大声で嬉しいって叫ぶ場でも状況でもないってことは、私もよく理解している。
私だって、空気を読むことくらいできているはず。
「えっと、雷の残留思念の方の名前は……」
小瓶の中から、雷の残留思念が眠る金色の石を取り出した。
一度契約を交わした精霊は、ピアのように高い知能がない限りは精霊使いの詠唱なしでは姿を見せない。
「あとで人間界の言語表を見せて、名前を訊けばいいと思う」
「なるほど……」
「喋ることはできなくても、精霊は人間の言葉を理解しているはずだから」
「助言、ありがとうございます」
人間と交流することを拒絶し始めた精霊の心を再び開くのは、そう簡単でない。
せっかく出会うことができた繋がりを、私で途絶えさせたくない。
何も言葉を交わせないまま終わるなんて、精霊使いとしてあってはいけないことだと思う。
「私は……」
私と契約を交わしてくれた雷の精霊に想いを馳せていると、精霊使いさんが口を閉ざしてしまったことに気づく。
「あ……もしかして、訳ありですか? 名前を名乗りたくなかったら、私とピアで考えてもいい……」
「カレット、あなたにセンスというものはないわ」
「そんな言い方をしなくても……」
精霊使いさんが名乗ることを躊躇っていたようだったから、彼女を笑顔にできるような話題を考えようと思った。
でも、私が話題を思いつく前に、私とピアのやりとりを見て精霊使いのさんが笑みを浮かべてくれた。
「シスカ……シスカ・レーゼンノイテル」
精霊使いさんが名を名乗ることで、私は彼女が名乗らなかったのではなく、彼女が名前を敢えて伏せていたのだと気づく。
「シスカ……レーゼンノイテルさん……」
「まだ生きてると思った?」
「そういう意味ではなく、あの、あの!」
シスカ・レーゼンノイテル。
五歳という若さで、水の精霊と契約をすることができた最年少精霊使い。
「私たちは、同い年だったみたいです」
「……道理で、話しやすいと思った」
「ですね」
その記録は、今も破られていない。
破られていない記録だからこそ、精霊使いさんは今も精霊使い業界では有名人。
精霊使いの才能を持って生まれてきた神的存在として、精霊使いさんはあちこちから引っ張りだこっていう噂だけは耳にしている。
耳にしていたからこそ、こうしてシスカさんが自由に旅をしていてくれたことに安堵してしまう。
「……隠しごとしていて、ごめん」
「隠しごとは悪いことではありませんよ」
あれだけ凄い精霊術を使えるのなら、自分の名前を広めながら旅をした方が得するに決まっている。
だけど、シスカさんは自分の名前を広めるようなことを一切しない。
それはつまり、シスカさんが自分の名前を名乗りたくないということ。
「選んでいいんですよ、シスカさんの人生ですから」
精霊使いという職に携わる者で、シスカ・レーゼンノイテルを知らない人はいない。
それくらい、シスカ・レーゼンノイテルという名前は精霊使い業界では有名。
「シスカさんの隠しごとは、これからのことを考えた上での隠しごとです」
シスカ・レーゼンノイテルという名前を出すだけで周囲は精霊使いで溢れ返ってしまって、シスカさんは身動きのとれない状況になってしまう。それだけシスカさんは、精霊使い業界で偉業を成し遂げた方だということ。
「だから、まったく問題ありません」
シスカさんが少しでも安心してくれるように、私はとびきりの笑顔ってものを見せてみた。
この場には鏡がないから、本当にとびきりの笑顔ができているかは謎。
でも、私の笑顔を通して、シスカさんが少しでも元気を取り戻してくれたら嬉しい。
「事情を抱えた人が旅するのって、大変ですよね」
「……精霊と契約したときの年齢が、まさか世界最年少記録になるなんて思ってなかったから……」
「私、同い年の子が精霊と契約できたと聞いて、凄く感動しました」
「……ありがとう」
シスカさんは広場で、人が集まるのを避けたかった。
精霊使いと関係のない暮らしをしている一般の人たちがいるところで自分の名前を出してしまえば、シスカさんっていう凄い精霊使いが町に来ているという情報が物凄い勢いで拡散される。




