第6話「奇跡が起きる世界に生まれてこれたからこそ」
「私たち、自己紹介がまだでしたね」
「あ……」
それなのに、どうして私は笑うことができているのか。
どうして、平和だっていう確信めいた気持ちが生まれてくるんだろう。
「カレットお姉様っ!」
私にとっては、聞き慣れた声。
でも、精霊使いさんにとっては初めて聞く声が辺りを駆け抜ける。
私たちは一緒になって、声が聞こえてきた方向を見つめる。
「カレットお姉様っ! 残留思念は!」
私を探しに来た人物は、水の専門職社に勤める先輩精霊使い。
私のことを姉呼びしてくれるナティーは私よりも年下だけど、彼女は既に水の精霊と契約済みの精霊使い。
水の専門職社に所属する精霊使いとして、立派に世のために力を貸している頼りがいある存在。
「無事ということは、そこの精霊使いさんが契約を成功させたのですね」
話したいことは、たくさんある。
何時間あっても足りないくらい、ナティーには伝えたいことがたくさんある。
どんな言葉を並べれば、私が今抱いている感情を妹的存在に伝えることができるのか。
精霊使いさんを支えながら、冷たい地べたから私たちは立ち上がった。
「お怪我はありませんか」
年下の彼女の容姿は、まるで物語から抜け出したかのように美しい。
長い金色の髪が精巧な銀の髪飾りでまとめられ、その金色の髪を映えさせるために淡いピンク色のワンピースを選んだ高いセンスは到底真似できるものではない。
繊細なレースと刺繍に、多くの女の子たちが憧れを抱いてしまうほどの装いは、やはり物語に出てくるお姫様を想像してしまう。
「私たちは大丈夫です。それより、街の方は……」
「今回の件に関して、被害はゼロですわ」
ナティーが満面の笑みを私たちに向けてくれることで、世界が平穏を取り戻したと実感することができた。
そして、私も精霊使いさんも無事だったからこそ、私は憧れてやまない大好きな[[rb:妹的存在 > ナティー]]と再会することができた。平和であることの大切さを噛み締めながら、私はナティーと向き合った。
「小瓶の中に石があるってことは、カレットお姉様も契約に成功したのですね」
「え……あ……あの、これは……」
恐らくナティーは、私が水精霊と契約したものだと思い込んでいる。
何年かけても精霊との契約を失敗している私が、残留思念の精霊と契約を結ぶことができた。
説明したところで信じてもらえないくらいの奇跡が起きていて、ピアと同じくらい長い年月を過ごしているナティーにどんな言葉を向けたらいいのか分からない。
「まずは、精霊使いさんを休ませたいのですが……」
「もちろん、お客様は事務所で丁重なもてなしをさせていただきますわ。お二人が無事だったことを祝わなければ」
物語に登場するお姫様に憧れているナティーは、フリルが多めのワンピースをひらりと揺らしながら事務所へと向かって行く。
金色の髪色にも、彼女のワンピースにも、すべてに彼女の好きが込められているのを目の当たりにして、やっと平和を取り戻すことができたと安堵する。
「お姉様、森の出口はこちらですわ」
「今、行きま……」
ナティーに話しかけようとすると、耳元で言葉が囁かれた。
「ありがとうって、どういう意味ですか……?」
「そのままの意味」
私の耳元で囁いたのは誰かなんて考えるまでもなく、精霊使いさんだってことは分かっている。
けれど、言葉の意味を理解することができなかった私は、精霊使いさんの顔が見たくなって振り返る。
「私と精霊の命を助けてくれてありがとう、カレット」
精霊使いさんと話をしていると、いちいち涙腺が揺さぶられるような気がして心が切なくなる。
(悲しいことなんて、何もないのに……)
むしろ新しい出会いに感謝したいくらいなのに、私の瞳はどうしようもないくらい潤んでいる。
こんなにも幸せな気持ちで満たされているのに、どうして私は泣きたくなっているのか。
人として生きて長い時間が経過しているはずなのに、私は今日も人の体を通して初めての感情に出会っていく。
「ただいま戻りました!」
「カレット!」
石畳の通りを進み、水の専門職社の壮大な門を抜ける。
堅牢な鉄でできた扉を開くと、仲間たちの笑顔と喜びの声に私は包まれた。
「カレット! 無事だったか!」
「カレット! 大丈夫だったか」
精霊使いでもない私が無事に帰還できたことに、先輩精霊使いたちは信じられないような表情を顔に浮かべていた。
驚きの声が瞬く間に広がって、私の手を掴んだり肩を叩いたりして喜びを表す。
「あんたが無茶すると、みんなが心配するんだからね!」
「でも、結果的に無事で何よりだよ」
ナティーの話によると、雷の残留思念と私の契約が結ばれる前に事件は片づいたとのこと。
雷の専門職社の人たちと、水の専門職社の人たちが協力したおかげで、誰かの命が失われるという最悪の事態に陥ることはなかった。
「心配かけて、申し訳ございませんでした!」
たまたま街を訪れた精霊使いさんと、私が無事に帰還できたことを報告する。
一緒に働いている人たちの間には喜びの感情が広がっているのが確認できて、その笑顔を見るだけで気持ちが安堵していく。
「カレットお姉様に何かあったら、私は……」
「私はこんなにも元気ですよ、ナティー」
「お姉様っ」
無事で良かったという意味の込められた、ナティーの温かい抱擁に包まれる。
私よりも年下で、私よりも小柄な体型の彼女の抱擁は不格好とも言えるかもしれない。
けど、ナティーが私を迎え入れてくれるたびに、私からナティーへの感謝の気持ちは高まっていく。
「あの、親方に挨拶を……」
「親方たちなら、まだ会議中だぞ」
危険と言われている残留思念と対峙したというのに、私の育て親の出迎えはない。
そして未だ水の専門職社に残っているはずの、雷の専門職社の精霊使いたちの姿もない。
「まだ時間がかかると思いますわ」
私は、親方と契約をしていた水精霊のピアと再契約を結んだ。
親方が大切にしている存在を譲り受けたからこそ、親方と話をしたいというわがままを優先したくなってしまう。
「まずは、お姉様たちが休む方を優先すべきでは?」
私たちが、どうして生還できたのか。
そして、親方がピアを贈り届けてくれたことへの感謝の気持ちを伝えたい。
親方には体を休める前に会っておきたかっただけに、残念で仕方ない。
「それよりカレット! あなた、ミスティル・ウェイは……」
「みなさん、カレットお姉様はお疲れですのよ」
水の精霊使いのみんなに揉みくちゃにされそうになった途端、私が持っていた青色の石が光を放ち始める。
精霊使いの詠唱もなしに、自由自在に出たり入ったりできてしまうピアは、一体どれだけ知能が高い精霊なのかと恐れ多くなってしまう。
「カレットたちを休ませる方が先! 話はあと!」
真っ黒な毛並みを靡かせて、水精霊のピアが宙にふわふわ浮きながら水の精霊使いたちを牽制した。
親方の精霊石が私に託されたことを知っている精霊使いのみんなは笑みを浮かべて、まったく事情を聞かされていない精霊使いは驚きの声を上げた。




