第5話「簡単に奇跡は起こらないかもしれないけれど」
「ごめんなさい。あなたを傷つけて、本当にごめんなさい」
雷の残留思念精霊に向かって、頭を下げる。
私たちの頭上には無数の星が輝きを放ち、人間と精霊が共に生きることを約束する今日この日を祝福しているかのように思えた。
「私と一緒に……」
最後に語りかけようとした私の言葉は、終わりを迎える前に途切れてしまった。
光の球体として姿を見せていた雷の残留思念は、粉々になった金色の石の欠片へと吸い込まれるように消えていく。
「契約……できた……?」
瞬間的に、優しい気持ちが流れ込んできた気がする。
気がするってだけで、私の目には何も見えない。でも、心が何かを感じている。
「……契約って、もっと美しいものかと思ってたんだけど」
ピアの残念そうな声が聞こえてくると、金色の欠片たちがゆっくりと震え出す。
「ピア! あの、ピアとは、ちゃんと契約を……」
「契約しまーす」
「あっ! ピア!」
ピアも光の球体のような姿へと戻り、散らばった青色の欠片の中へと吸い込まれていく。
金色の光と、青色の光が、世界から色を失ったのも束の間。
欠片だったものが宙に浮かび上がり、一個の精霊石に集まろうという意志を持ち始める。
「精霊使いさん! お怪我は……」
「綺麗」
真っ先に精霊使いさんの無事を確認した私に対して、精霊使いさんは木々の隙間から夜空を見上げていた。
不穏なことなんて、何も起きていない。
そんな穏やかな表情を見せる精霊使いさんと一緒に、私も顔を上へと向けてみた。
「…………こんなにも星が綺麗な日に、精霊と契約できるなんて幸せだなって」
宙に浮かぶ、きらきらたち。
光を失ったはずなのに、光を取り戻すために一生懸命動き出す。
「お疲れ様」
あなたと繋がると、私は精霊石に戻ることができる。
私と繋がると、あなたは精霊石に戻ることができる。
欠片たちが、そんな会話を交わしているような気がする。
「望んだ契約じゃないかもしれないけど、あなたが精霊と契約を交わしたことは事実」
粉砕した石の欠片たちは、一個の石へと形を取り戻し始める。
粉々になってしまった石の欠片は、再び一個の石へと姿を変える。
「褒めてあげて、自分と精霊を」
自分を褒めるとは、縁遠い毎日を生きてきた。
精霊を召喚する力が必要とされる世界で、私は必要とされている力を持つことができなかった。
前を向いて生きようと笑顔を振りまいていても、自分の無力さ呆れて陰でこっそり泣いたことは数えきれないほどある。
「……ありがとうございました」
でも、ようやく今日になって、初めて私は嬉し涙というものを零すことができた。
「……今頃、たくさんの人たちと精霊が契約を交わしている頃ですね」
空を見上げて、そんなことをポツリと呟く。
一気に、いろいろなことが起こりすぎた。
残留思念との戦闘で冷静さを失っていた私は、改めて今日が人間と精霊が契約を交わすことを許されているミスティル・ウェイだということを思い出す。
「その小瓶に残っている白い精霊石は使わないの?」
「はい」
精霊石は、壊して使うもの。
精霊との契約を交わすことができれば、石は再生される。
「これは、私を異世界転移させてくれた方からいただいた石です」
精霊と契約できなかったら、魔女様と私を繋ぐ唯一は壊れたままになってしまう。
「私、異世界転移をしてきた者なんです」
異世界からやって来た人間ですという話を、どこまで信じてもらえるかは分からない。
自身の白い髪は珍しい髪色といったって、それは異世界転移をしてきた証には繋がらない。
でも、それでも私は彼女に自分のことを伝えるために口を動かしていく。
「それで、そんな綺麗な髪の色ってこと?」
真っ白な髪は、気味が悪いもの。
そんな風に思っていたのに、精霊使いさんは私の髪を綺麗と言ってくれた。
「ごめん、私、何か変なこと言った……」
「私の髪を綺麗と言ってくれる方は、とても珍しいので……」
心から熱いものが込み上げてきて、何を言葉にしたらいいのか分からなくなる。
「綺麗だよ」
私の言葉は途絶えてしまったのに、精霊使いさんの言葉は続く。
「綺麗なものは綺麗」
陽が落ちた後の暗闇世界は少し不気味で怖いけれど、大きな月と数えきれない星たちが世界中を照らしてくれている。そのおかげで恐怖心が和らぎ、空の美しさに見とれてしまう。
「……はぁ」
疲れ切った精霊使いさんは、その場に座り込んでしまった。
雷の残留思念と契約を交わすことができたのなら、私たちには行くべき場所がある。
向かうべき目的があるはずなのに、もう一歩も動けなさそうな疲労感に溜め息を零す。
「背中? あ、肩? お貸しします!」
「いいよ、服が汚れ……」
「さ、どうぞ」
背中を貸すべきか肩を貸すべきか悩んでいると、背中と背中を合わせて天体観測をすることを選んだ精霊使いさん。
「……それで?」
「え?」
「さっきの話の続き、聞かせて」
異世界転移をした前にも後にも面白い話なんて何一つない。
「聞きたい」
けれど、精霊使いさんに向けられた真摯な声を耳にすると、私の口は自然に動き始めた。
「戦争から逃れるための、異世界転移か……」
この世界では、異世界から転移してくる人がいないわけではない。
それでも、珍しい現象というのに変わりはなく、私は今までの人生で異世界転移してきた方と出会ったことがない。
異世界転移してきた人と出会う確率は低いはずなのに、精霊使いさんはなんの疑いも持つことなく私の話を聞いてくれた。
「手、触ってもいい?」
「はい、どうぞ! お好きなだけ」
私は人間ではなく、元小鳥でした。
さすがに、その話は信じてもらえないとは思った。
それなのに、精霊使いさんは私の正体を確認するために優しい力加減で私の指に触れてくれる。
「人間の指だね」
「はい、本物です」
優しすぎる力で触れられて、くすぐったい。
でも、精霊使いさんに触れられることを心地よいとも思ってしまう
「でも、魔女様の魔法が……いつまで続くのか分からない怖さはあります」
「この世界は、魔法が存在しない世界だから……?」
「はい、この世界は精霊と人間が共存する世界ですからね」
精霊使いさんの熱が離れていくことが寂しいと思うけれど、引き留める言葉を素直に口にしていいのか分からない。
「生きたいね」
「……はい」
あのまま雷の残留思念と戦っていたら、いまごろ精霊使いさんと契約している陽精霊は命を落としていたかもしれない。
かもしれないではなく、確実に命を落としていた。そんな気がする。
「生きてみせます」
「うん、魔女様も喜ぶと思う」
それだけ緊張感が走っていて、それだけ危機が迫った状況だったはず。
精霊使いさんだって残留思念精霊と戦うことに覚悟はあっても、生き残るって願いを実現させるのは容易いことではないって気づいていたはず。




