第4話「人は幸せを感じすぎると、泣きたくなる」
「お待たせ、カレット」
「ピア!」
泣きたくなる瞬間って、こういうときのことを言うのかもしれない。
空には煌めく星が姿を現していて、そんな美しすぎ星々を背景に私の大好きな精霊は私の元へと舞い降りてきた。
「壊すなら、こっち」
ピアが手を伸ばして、私に一つの石を差し出してくる。
辺りを走り回る閃光が、ピアの差し出した石の色を教えてくれる。
「割ってちょうだい」
「ピア……」
真夏の空を彩る、深い青。
夏の空に会いたくなるような青い石を、ピアは私の手に握らせてくる。
「私を残留思念にするつもり?」
親方と、ピアが、共存すると約束した証。
親方と、ピアが、より良い世界を作ろうと誓いを交わした証。
「嫌です……嫌です! そんなこと絶対にさせません!」
「だったら、カレットの手で壊して」
「待ってください! これは、この石は……」
私が迷っている間にも、精霊使いさんは残留思念の精霊と戦ってくれている。
私が育った街を守るために、懸命に力を貸してくれている。
「精霊側から、契約破棄はできないって知ってるでしょ?」
「知っています……」
青色の石を人間の手で破壊することで、親方とピアの契約は破棄される。
主を失ったピアは、自由の身。
ピアは、私と契約をすることが可能になる。
私は、精霊使いさんの力になることができる。
「でも、でも、でも……!」
その代わり、親方はピアを失うことになる。
「あの人は、私がいなくても大丈夫よ」
「親方は、ピアのことを大切に……」
「水の専門職社の長を舐めないの」
親方は多くの水精霊と契約しているため、親方から一体の精霊が欠けたところで問題はないかもしれない。
でも、ピアが親方を支えているところも、親方がピアを支えているところも、小さいときから二人の絆をずっと見てきた。
だから、ピアのいなくなっても大丈夫なんて言葉が私の心に入ってこない。
「泣かないの。私がカレットの傍からいなくなるわけじゃないんだから」
まだ、涙は零れてはいない。
それなのにピアは優しく私の瞳に触れて、私の涙が零れないように涙を拭う仕草をしてくれる。
「ずっと傍にいる」
「っ……」
「私を、カレットの傍にいさせて?」
ピアのおかげで、今にも溢れそうだった涙が止まる。
「……私は、力を得たいです」
「いい顔よ、カレット」
ピアは、笑ってくれた。
私の察する力が弱かったせいで、今朝はピアと想いをすれ違わせてしまった。
それなのに私を叱ることなく、呆れることなく、ピアは私を助けるために現れてくれた。
何もすることができないなんて、自分を責めるなって。
無力で落ち込むことなんてないんだよって。
口にはしていないけど、そんな気持ちを届けるためにピアは私の元へと駆けつけてくれた。
「両方の力、手に入れてもいいですか?」
「……は?」
ピアから差し出された青色の石を受け取って、小瓶の中にあった金色の石を取り出す。
二個の石が、私の手のひらの上でカチカチ音を鳴らす。
「ちょっ、カレッ……」
二個の石を地面に投げつけ、辺りに粉々になった石の破片が散らばる。
そのタイミングで、ピアが私を呼び止めた。
二つの現象が、重なった。
二つが同時に重なったことに、私は運命めいたものを感じてしまった。
「残留思念さん、聞いてください!」
そんな運命めいた予感が、私たちに奇跡を与えてくれた。
陽精霊を消滅させる勢いでしがみ付いていた、残留思念が動きを止める。
陽精霊からゆっくりと離れていき、残留思念は光の球体となって私の元へと近づく。
「私の言葉、分かりますか?」
先程まで雷の残留思念との死闘を繰り広げていた精霊使いさんは、陽精霊を石の中に戻して私と残留思念のやりとりを見守ってくれている。向けられている視線が厳しいものではなく、優しくて穏やかなものだってことを感じる。
「もう一度、一緒に生きていきませんか?」
残留思念の精霊をおとなしくさせる方法はない。
こうして会話をすることは、絶対に不可能。
それなのに、私は不可能と言われていることを、いとも簡単にやり遂げてしまっている。
そう簡単に奇跡が起こるわけないと人は知っているからこそ、自分が奇跡を起こすことができていると実感すると感極まって涙を浮かべてしまいそうになる。
「私と一緒に、生きてください」
一度は人間と契約を交わしているはずなのに、なんらかの事情があって独りで生きることを余儀なくされている精霊。
心に残った大きな傷は治せないかもしれないけれど、その心の傷を独りで抱えて生きていくのはやめてほしい。
「あなたを救ってみせますって……そんな風に、格好つけることができたらいいのですが」
私は宙を浮かぶ球体に向かって、一言一言優しく話しかけていく。
「私が、あなたと一緒に生きていきます。今度は絶対、あなたを傷つけません」
先程まで陽精霊に襲いかかっていた精霊とは思えないくらい、残留思念の精霊はおとなしくなった。
「信じてくれなんて、都合が良すぎるのは承知していま……」
雷の残留思念が冷静に私の話を受け入れてくれたというのは思い込みで、淡い光の球体は私の視界から離れていく。
「待っ……」
「カレット、人は空を飛ぶことができないでしょ?」
「ピア……」
残留思念が姿を消してしまうことを懸念して焦ったけれど、落ち着いて観察することで事態を把握することができた。
残留思念は姿を消すために離れたのではなく、真っ暗な森の中を飛び回るように空中をさ迷っている。
「えっと……ピア! 追いかけてくださいっ」
「了解っ」
再び始まる、鬼ごっこ。
でも、そこには殺伐とした空気は流れていない。
残留思念から、人を殺してしまおうなんて殺意は微塵も感じられない。
「もしかして、陽精霊に襲いかかっていたのではなくて……」
「鬼ごっこを気に入ってくれたのかも」
|空を飛ぶことのできない人間《精霊使いさんと私》 は、残留思念とピアが宙を駆ける姿を眺めながら心を落ち着かせていく。まるで残留思念が人を受け入れようとしているような幻想的な光景に、私たちはただただ目を奪われていく。
「声、届けてあげて」
精霊使いさんが声をかけてくれるけど、正直、自信がなかった。
ピアとのかけっこに夢中になっている残留思念に、なんて言葉をかけるのが正解なのか。
(魔女様なら……)
力を込めた手の中に、生まれてくる迷いを封じ込む。
小鳥だった私が怪我をしたとき、魔女様は迷うことなく私に声をかけてくれた。
言葉が通じないかもしれないなんて不安を魔女様が抱いていたかなんて確かめようがないけれど、魔女様は私に人の言葉を届けてくれた。
(躊躇っているくらいなら、声を出したい……)
魔女様が教えてくれたことを、新しく生きる世界でも無駄にはしたくない。
「でも、私はあなたを信じて生きていきます。約束します」
どんな言葉を伝えればいいのか、どんな想いを伝えればいいのか。
どうすればお互いを理解できるのか。
相手が人間でも精霊でも、理解するというのはとても難しい行為。
それでも、伝えなければいけないから。
お互いを理解するためには、全力で気持ちを伝えなければいけないから。




