第3話「私を助けてくれる声」
「resitform」
走り抜けていく電光を、鞭のように細く強度を持った姿の光が追いかけていく。
人を傷つけようという意思は感じられず、ただただ眩い光から逃げている様子。
(私は戦うことができない……)
精霊使いの精霊使いさんは戦闘に不慣れだと聞いているから、このまま鬼ごっこが続くのならと希望らしきものも抱いてしまう。
精霊との戦闘と、精霊との鬼ごっこ。
戦いに不慣れな精霊使いがより可能性高く契約を結ぶとしたら、断然に後者の鬼ごっこ。
希望通りの展開がもたらされることに、希望を抱かずにはいられなくなる。
「aridstans」
精霊使いさんと契約している陽精霊は、雷の残留思念を逃がさずに必死に追いかけている。
戦い慣れしていない精霊使いがここまで出来れば十分だと思うけれど、いつまでも追いかけっこをやっていては契約には結びつかない。
(私にできることは、鬼ごっこの邪魔にならないことくらい……)
ミスティル・ウェイ以外で精霊と契約するには、精霊を無理矢理捕まえるしか手段はない。
(ピアがいてくれたら……)
たとえ契約を結んでいないピアだとしても、親方に育てられたという経験値の高さは大きな戦力になってくれる。
でも、仲違いをしてしまった私の元に、ピアが姿を見せることはない。
(精霊石に、力ずくで精霊を封じ込める……?)
ミスティル・ウェイで精霊と契約ができなかった人の中には、この世界をさ迷う残留思念の精霊と無理に契約を交わす人間がある。犯罪者である精霊狩りのやり方は、決して許されるものではないと反対の意を唱える者もいる。
(でも、この方法なら、私でも精霊使いさんを助けることができる……)
精霊を放棄する精霊使いがいる以上、残留思念を殺すことを生業としている者。強引に契約をすることを生業にしている者は後を絶たない。そんな人たちのように、精霊に無理を強いることで私は彼女の救いになれるかもしれない。
「htisizum」
この町に被害を出さないよう、私に危害を加えぬよう、精霊使いさんが気を遣いながら追いかけっこをやっていることが見て分かる。彼女を守ると誓っておきながら、結局、精霊を待たない私にできることは何もない。
(剣術や武術が使えるわけでも、魔女様が使っていた魔法が使えるわけでもないから……)
力を持たぬ者が直面する現実。
こんなものは、専門職社で働かせてもらっているときから何度も経験している。
自分の中に積み上げてきた確かな経験があるはずなのに、心は苦しみという荷物を背負っていく。
「っ」
何かできることはないのか。
そんなものはとうの昔から考えていて、一年でも早く精霊と契約をすることだと答えは出ている。
(それなのに、私と契約してくれる精霊は存在しない)
私と契約したいと願ってくれている精霊は、ここにはいない。
(見ているだけ……見守っているだけ……本当に、それだけのことしかできないの?)
やっぱり自分には何もできない。
そんな出口の見えない考えが頭を巡る。
やっぱり、自分には、何もできない。
「っ、もう一回」
雷の残留思念は、形勢を逆転して陽の精霊を食らい尽くす勢いで襲いかかっていた。
(そうしないと、鬼ごっこに捕まってしまうから……)
精霊使いさんも陽精霊も、必死で雷の精霊の攻撃に耐えていた。
残留思念の精霊を関わるのは危険だと言われているのは、人間を攻めるばかりで説得の言葉を聞いてくれないというのが主な理由。その言葉の意味を、初めて実感する。
(でも、やっぱり人を傷つける意思を感じない)
その位置から動くなと言われた場所から、ふと空を見上げる。
「私に、できること……」
茜色の空が色を失っていく。
もう少しで星の姿を確認できる時間へと突入する。
(もうすぐで、[[rb:専門職社 > オリエル]]の人たちが駆けつけるはず……)
町に雷の[[rb:専門職社 > オリエル]]に所属している人たちが到着したら、私たちができることをやる時間は終わりを迎える。
「危ないっ!」
鬼ごっこから離脱すれば良い。
もう、事件を解決する手段は整い始めている。
それなのに、精霊使いさんは残留思念と関わることを止めない。
今も自分の契約精霊と共に、残留思念との戦いを続けている。
「私なら大丈夫!」
精霊使いさんの声が、恐怖しか感じられないくらい深まった闇夜に響き渡る。
(もしかして、逃げられない……?)
精霊使いさんは戦闘を止めないのではなく、止められない状況に陥っているのかもしれない。
残留思念の恐ろしいところは、精霊使いの話に耳を傾けてくれないということ。
(でも、人を攻撃したくはないはず……)
攻撃を仕掛けてくる精霊の中には、人間の息の根を止めるまでおとなしくならない精霊もいると聞いている。
でも、この、雷精霊は人を攻撃したくないって叫んでいるような気がする。
「私にできることは……」
一度残留思念と関わりを持ってしまえば、簡単に縁を切ることはできなくなる。
私だって、精霊使いさんだって、それを知っている。分かっている。
「頑張ってくださいっ!」
残留思念の元に向かうという決断は、ブリストさんに心配をかけることになったかもしれない。
だけど、ほんの一瞬でも、精霊使いさんがブリストさんにとっての安定剤にはなったはず。
私も、精霊使いさんも、自分たちの行動が間違っていないって信じている。
「……ごめんなさい、魔女様」
星が昇れば、それは精霊との正式な契約を始めても良いという合図。
「また、留年するわけにはいかないんです……」
一年に一度しか訪れないミスティル・ウェイ。
この日のために、どれだけの人たちが自分に力を貸してくれただろうか。
どれだけの人たちが自分を支えてくれたか。
私の脳裏には過去一年間の思い出だけではなく、水の専門職社で育てられてきた全ての時間を振り返っていた。
(水の精霊と契約できなければ、私は水の専門職社の役に立てない……)
精霊石一個につき、契約できる精霊は一体のみ。
金色の精霊石を、雷の残留思念のために。
白い精霊石を、これから出会う水精霊との契約のために使うことを決意する。
「今まで、ありがとうございました」
鞄の中から、一つの小瓶を取り出す。
暗闇の中でも確かな光を放つ金色の石が一個、自分の髪色と同じ白い石が一個、小瓶の中で転がりながらカチカチと音を立てていた。
「disrezm……」
「残留思念のために貴重な石を使う奴が、どこにいるの!」
唱えようと思った呪文は、大好きな声にかき消された。
消えてしまった呪文が発動することはなく、私は声が聞こえてきた宙へと顔を上げる。




