第2話「戦うだけが、すべてじゃない」
「あなたは……」
「無茶をしないこと、無理もしないこと、ですよね」
大切なことを確認し合って、私たちは再び頬笑み合う。
こんなときだけど、笑ってみせる。笑ってみせた。
「精霊が手を貸してくれるだけで、こんなにも辺りが明るくなるんですね」
「明かりとしての力になってくれるのは、炎精霊、光精霊、陽精霊、雷精霊あたりかな」
私が精霊使いさんとはぐれることになったら、力なき人間が頼りにできるのは月明かりと星明かりのみ。
でも、精霊使いさんには頼りがいのある存在が傍にいて、その精霊とできる精いっぱいを二人で探していく。
そんな関係性を精霊と築き上げている彼女への、憧れの気持ちが更に深まっていく。
「ここに……この地に独りで取り残されている精霊は、どんな傷を負っているんでしょうか」
「いろいろ言われてるよね。精霊使いが一方的に契約を破棄したとか……」
傷ついているから、精霊の世界に帰ることができない。
精霊使いが正しく精霊と契約を交わしていれば、精霊は契約が終わった途端に精霊界へと帰ることができる。
契約を交わした精霊使いが何かをしてしまったために、精霊は人間界の地を彷徨っている。もちろん自らの意思で人間の世界に残っている精霊もいるのだろうけど、そんな精霊も心の傷を負っていることだけは間違いない。
「……話し合いで解決したい?」
「それが甘い考えっていうのはわかっています」
言葉を話せる精霊との付き合いがあるからこそ、人間は残留思念と呼ばれている精霊たちの存在を知ることができる。
そういう精霊界側の事情を知ることができるのも、今日まで精霊が人間と親しくしてくれているから。
「ほとんどの残留思念が、人間と話をしてくれないっていう話も伺っています……」
だから、ときどき勘違いをしてしまう。
なんでも話し合えば解決をするんじゃないかって。
「でも、仲良くなりたいです」
自分は、精霊使いを目指す者。
残留思念と呼ばれている精霊たちが抱える傷を忘れてはいけない。
話し合いをすることで解決する問題ばかりが、いつも目の前に並べられるわけではないけれど。
話し合いで、どうにもならないことがあることは知っているけれど。
「私は」
陽が沈んだ後の森は、光が差し込まないから怖い。
「精霊のことが大好きだから……」
でも、私たちが生きる世界では、精霊が人間を見守ってくれているような不思議な感覚を得ることができる。
だから、こんなにも不気味な影が存在する森の中を進むことができる。
「私、精霊愛の深い人間なんです」
声が、反響する。
数えきれないほどの木々に囲まれていて、何度も足跡を付けたくなるような湿った地面に足をつけている。
そんな環境下で自分の声が反響するわけがないけれど、自分の声が響いた気がした。
(この身体は、魔女様が与えてくれた身体だから……!)
声が反響しない場所で、声が反響したような錯覚。
勘違いかもしれないけれど、私は目に見えない音精霊が人間の世界を訪れ始めているからこそ起きた現象だと信じたい。
「目指してみたら?」
彼女の声は決して投げやりなものではなく、私の決意を支えるために発せられた声だったことが伝わってくる。
「残留思念を救う精霊使いに」
魔女様に転移させてもらった世界では、精霊と人間が共存して生きている。
魔女様が魔法を通して奇跡を見せてくれたときのように、精霊たちも人間に多くの奇跡をもたらしてくれる。だから、心が揺さぶられる。
「残留思念を救う精霊使い……?」
精霊使いさんが言ったことを、そのまま復唱する。
なんだか格好つけることができない姿を精霊使いさんに晒してしまっているけれど、これが私だなって思うと自然に笑みを浮かべることができるようになっていく。
「人の数だけ、精霊の数だけ、可能性は無限大」
奇跡は滅多に起こらないと言うけれど、その奇跡を次々と起こすだけの力を持つ世界で呼吸ができる。
それがあまりにも幸福なことすぎて、その幸福が夢の息吹を支えてくれているのを感じる。
「そう習っているはずだけど」
このあと、何が起きても大丈夫な気がする。
緊迫した状況のはずなのに、私たちは未来を語ることができているから。
危機迫った状況のはずなのに、私たちは未来を広げるための話をすることができているから。
「いくよ」
残留思念精霊は、自分が居残ると心に決めた土地から動くことはない。
自分の領域だと思い込んでいる精霊を誘き出すには、その領域に人間が侵入してしまえばいい。
雷の残留思念精霊が生きたいと願う領域に無理矢理入り込むことで、残留思念はミスティル・ウェイの時刻に関係なく姿を見せる。
「reburad!」
肉眼で空に瞬く星を確認できるようになるまで、あと少し。
薄暗くなっていく空に向かって、勢いよく光が噴き上げていく。
「っ~~~」
光の柱のようなものが誕生すると、今が朝なのか夜なのか分からなくなるほど大量の光が降り注ぎ始める。
「視力に影響はないから。ほら、ゆっくりと目を開けて」
精霊使いさんに促されるように、ゆっくりと目を開きたい。
開きたい気持ちはあるけれど、陽精霊に不慣れな私は目を覆ったまま硬直状態。
両手で光を遮ったって、指の隙間から光が差し込んでくる。
それくらい、陽精霊の力が強大すぎるということ。
「せーの」
「うぅ……せーのっ!」
精霊使いさんの掛け声に合わせて、恐る恐る瞳を開く。
そこに広がる光景は、広場で見た幻想的な世界とは違っていた。
人を魅了する力が展開されているのではなく、私が幼い頃から見続けてきた景色が一気に広がっていた。
人を魅了するため以外に、精霊と協力をする。そんな、いつも見慣れた光景が私のことを待っていてくれた。
「っ」
できれば、戦いたくない。
(でも、精霊は心に傷を負っている)
人間を嫌っているからこそ、攻撃をしかけてくる残留思念がいる。
戦いたくないなんて甘えた考え、抱いてはいられない。
それでもなるべく精霊を傷つけずに済むよう、陽の精霊を操る精霊使いさんを見て考えを巡らせる。
「っ、来た」
「はい!」
水の専門職社の所在地である街で生まれ育ってきたといっても、精霊を持たない人たちが危険と言われている残留思念に会う機会は訪れない。
街を暴れまくる精霊がいないこともないけれど、基本的に精霊の領域に近寄らなければ精霊は襲ってこない。
(初めて目にする残留思念……)
どれだけの苦しみを抱えているのかなんて、分からない。
どれだけの悲しみを抱えているのかなんて、分からない。
でも、残留思念を救う精霊使いという、精霊使いさんの発した言葉が頭から離れなくなってしまっている。




