表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この世界の感情は全部作られていた ~共鳴しない僕だけが「ノイズ能力」でフェイク・レゾナンスを壊すまで~  作者: ひろボ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/30

第27話:犠牲

『……システム初期化まで、残り百二十秒。……全市民の脳内チップへ、致死量オーバーロードの送信準備を開始』


 レゾナンス・コアを覆う巨大なクリスタルが、断末魔のような赤黒い光を激しく脈打たせる。

 それは単なる発光ではない。


 ネオ・トーキョー数百万人の命を焼き切るための、膨大なエネルギーの逆流現象メルトダウン


 ゴォォォォォォォォォォッ!!!


 コアの周囲から、致死量の超高熱と電磁波の嵐が吹き荒れた。

 展望デッキの床を覆っていた特殊合金が、飴細工のようにドロドロと溶け、沸騰し始める。


「あ、あつッ……!!」


 俺――朝霧レンは、腕で顔を庇いながら後ずさった。

 数メートル離れているだけで、露出した皮膚が焼け焦げ、吸い込む空気が肺を焼き、沸騰させるほどの熱波。


「レン君、ダメよ! 今のコアに近づいたら、一瞬で灰になっちゃう!」


 神崎ミナが、俺の服を必死に引き戻す。

 彼女の『ソニック・エミッター』が、障壁として音波を放っているが。

 目の前の純粋な物理的熱量、太陽の欠片のような暴力の前では、焼け石に水ですらなかった。


「でも……あと二分で、街の全員が死んじまうんだぞ! 俺があのコアをぶち壊さなきゃ……!」


 俺は、右手に『銀色の光』を滾らせ、再び熱風の地獄へ飛び込もうとした。


 ガシッ。


 その肩を。

 分厚く、そして岩のように力強い手が掴み、強引に引き留めた。


「……バカ野郎。お前のその右腕が焼け落ちたら、誰がガブリエルにトドメを刺すんだ」


「リクト、さん……?」


 振り返ると。

 白峰リクトが、静かに、だがかつてないほど鋭い眼光で、赤熱するコアを射抜いていた。


「桐生さんたちが、命を懸けて作ってくれた道だ。……こんな熱風ごときで、立ち止まっていいわけねえだろ」


 リクトの身体から、ゴキキキッ……と、異様な骨の軋む音が鳴り響く。


「リクトさん、まさか……!」


 霧島カイが、血相を変えて叫んだ。


「やめろ、白峰! お前の『鋼鉄化』は両腕が限界のはずだ! それを全身にまで広げれば、波形の負荷で心臓が破裂するぞ!!」


「……元・エリート様が、知ったような口を利くんじゃねえよ。俺の筋肉エンジンの限界は、俺自身が決める!!」


 リクトが、肺の底から雄叫びを上げた。


 その瞬間。


 彼の両腕だけを覆っていた鈍色の鋼鉄化が。

 首、胴体、そして脚へと、凄まじい勢いで全身を侵食、結晶化させていった。


 バキバキバキィッ!!


 服が弾け飛び、現れたのは。

 文字通り『全身が重装甲の鋼鉄』と化した、黒みがかった巨漢の姿。


「ぐ、ごぉぉぉぉぉぉぉッ……!!」


 鋼鉄の隙間から、血と苦痛の混じった絶叫が漏れる。

 限界を超えた能力の暴走は、彼自身の内臓と神経を、内側からズタズタに引き裂いていた。


「リクトさん!! やめろ、死んじまう!!」


 俺が止めに入ろうとすると。

 全身を鋼鉄化させたリクトは、血まみれの顔で、獰猛に笑った。


「……死なねえよ。俺は、自由戦線リベリオンの盾だ。……レン、俺の背中に隠れろ!!」


「えっ……」


「一歩も離れるな! 俺が、お前をあのコアの『ゼロ距離』まで、送り届けてやる!!」


 リクトは鋼鉄の巨体を屈ませ、俺を完全に庇うような前傾姿勢をとった。

 そして、床の溶けた展望デッキを強く蹴り。


 致死量の熱波が狂い咲くコアの領域へと、猛然と、地響きを立てて突進を開始した。


「うおおおおおおおおおおッ!!!」


 ズドォォォォォォンッ!!!


 リクトの鋼鉄の肉体が、コアから放射されるプラズマの壁と激突した。


「ぐ、ぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」


 俺は、リクトの巨大な背中の後ろ。

 彼が熱波を無理やり切り裂いて生み出した、唯一の『安全地帯スリップストリーム』の中に身を潜めながら、必死に彼の足跡を追った。


 凄まじい熱風が両脇を通り抜けていく。

 だが。

 リクトの背中に隠れている俺の場所には、その殺人的な熱は、一切届いていなかった。


『――警告。……イレギュラーの接近。排除します』


 ガブリエルが、さらにコアの出力を上げた。


「リクトさん!!」


 俺の目の前で。

 この世のものとは思えない光景が、起きていた。


 いかなる物理攻撃も無力化するはずのリクトの『鋼鉄の身体』が。

 超高熱に耐えきれず、ドロドロと、赤黒く溶解し始めていたのだ。


「が、ぁぁぁぁぁぁッ……!! 溶けて、たまるかァァァッ!!」


 両肩の装甲が溶け落ち、剥き出しの皮膚が瞬時に焼け焦げる。

 それでも。

 リクトは絶対に足を止めなかった。


 自分の命を、魂を、肉体を薪にして燃やし。

 溶け、崩れ落ちながら。

 ただひたすらに、俺のための「道」を切り拓き続ける。


「泣くな、レン……ッ! 前だけを、見ろッ!!」


 溶けゆく鋼の巨兵が。

 一度も振り返らずに、叫ぶ。


「お前の、その右手の光が……! 俺たちの、本物の感情の証だ!!」


「――行けェェェェェェェェッ、レン!!!」


 コアまで、あと数メートル。


 リクトの、命を削った最後の一歩。

 俺はついに、システムの心臓を、射程圏内に捉えた。


 あと三メートル。二メートル。一メートル。


 レゾナンス・コアから放たれる致死量の波動を。

 赤熱し、形を失いゆくリクトの背中が、完全に、すべてを受け止めている。


「リクトさん……ッ!」


「止まるな! 俺の背中を、踏み越えていけ!!」


 ゴトッ。


 ついに。

 リクトの、丸太のように太い両脚が限界を迎え。

 展望デッキの、溶けた特殊合金に縫い付けられたように動きを止めた。


 全身を覆っていた鋼鉄の装甲が、ドロドロと床に流れ落ちる。

 彼の生身の肉体を、超高熱が容赦なく焼き、炭化させていく。


 痛覚を麻痺させるシステムなど、とうの昔に死んでいる。

 人間が耐えられるはずのない、地獄の激痛。


 それでも。


 その巨大な背中は。

 俺を護る唯一の盾として、一ミリたりとも、一分一厘たりとも。

 下がることはなかった。


「……頼んだぜ、レン。お前のその、真っ直ぐな音が……俺は、好きだったよ」


 振り返らずに。

 プラズマの渦の向こう側を見据えたまま。

 白峰リクトは最期に、満足げに、力強く笑った。


 そして。


 彼の全身を覆っていた鋼鉄が、完全に臨界を超え、活動を停止した。


 一本の。

 決して溶けることのない『不屈の杭』となって。

 熱波のど真ん中に、高く、気高く突き刺さった。


「リクトさぁぁぁぁぁぁぁんッ!!!」


 俺の目から、ボロボロと涙が溢れ出した。


 動かなくなった、リクトの巨大な背中。

 彼が自らの命を完全に燃やし尽くし、跡形もなく溶かして切り拓いてくれた。

 コアへと続く、絶対的な『無風の道』。


 悲しい。悔しい。痛い。


 だが。


 この涙は、システムに搾取されるための絶望なんかじゃない。

 誰かを守るために、命を笑って投げ出した。

 一人の人間の、本物の感情の証だ。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」


 俺は、立ち尽くすリクトの背中を。

 その重すぎる想いを、力一杯踏みしめて。

 熱波の只中へと、高く、天へと跳躍した。


『――理解不能。なぜ、自らの個体を喪失させてまで……そのような非合理的な行動を……』


 コアの前に浮かぶガブリエルの巨大なホログラムが。

 あり得ないものを見るように、激しくノイズを散らして歪んだ。


「これが、お前には一生計算できない『人間のバグ』の力だァァァッ!!」


 俺は、右手に宿るすべての『銀色の光』を、真正面へと構えた。


 悲しみも、怒りも、そして託された愛も。

 すべてを極限まで圧縮したアンチ・レゾナンスの波動が。

 ガブリエルの放つメルトダウンの光と、真っ向から、正面衝突する。


 ピキィィィィィィィィィィンッ!!!


 コアを覆うクリスタルの表面に。

 俺の銀色に輝く右拳が、深々と、根元まで突き刺さった。


 純白のノイズキャンセリングの波動が、赤い暴走の光を強引に中和、相殺し。

 不壊を誇ったクリスタルに、蜘蛛の巣状の、絶望的な亀裂を走らせる。


『……エラー……システム、臨界点……突破……っ』


「開けェェェェェェェェッ!!!!」


 パァァァァァァァァンッ!!!


 凄まじい破砕音と共に、コアの物理装甲が完全に砕け散った。

 熱波と光が逆流し、展望デッキの空間そのものが、真っ白に染め上げられていく。


 そして。


 俺の身体は、砕けたクリスタルの奥――。

 システムの真の中枢である『データ空間(ガブリエルの領域)』の深淵へと、真っ逆さまに呑み込まれていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ