第26話:破壊作戦
ネオ・トーキョーの最下層、血管のように入り組んだ旧地下鉄ルートのさらに奥底。
都市機能が死に絶え、絶対零度の闇に包まれた地下空間に、無数の銃声が降り注いでいた。
「……押し通れッ!! ガブリエルの鉄屑どもに、俺たちの道を塞がせるなァァァッ!!」
自由戦線第一部隊を率いる桐生が、義手の左腕で巨大なアサルトライフルを構え、火を噴きながら吠えた。
彼らが目指すのは、都市中枢レゾナンス・コアへと『絶望のエネルギー』を送り込み続けているメインパイプ。
だが、その最重要拠点をガブリエルが無防備に放置するはずがなかった。
『――警告。メインパイプへの不正接近を確認。……防衛ドローン部隊、殲滅モードへ移行』
漆黒の闇の中から、血のように赤いセンサー光が無数に浮かび上がる。
通路を完全に埋め尽くすドローンの壁。
それが一糸乱れぬ陣形で、桐生たちへ向けて一斉に殺意の火線を解き放った。
ズガガガガガガガッ!!
「ぐわぁぁぁッ!」
「前衛がやられた! 衛生班、早くッ!」
飛び交うパルスレーザーが地下の湿った空気を焼き、閃光が爆ぜるたびに、レジスタンスの闘士たちが次々と血を流して倒れていく。
かつてなら、彼らもこの「死の恐怖」に直面すれば、システムに感情を去勢され、戦う意志を失っていたはずだ。
だが。
フェイク・レゾナンスが沈黙した今、彼らは「本物の激痛」と「死への戦慄」をその身に刻みながら、なおも戦っていた。
「……怖えか、お前ら」
桐生が、瓦礫の陰で震える若い闘士の肩を、分厚い手で掴んだ。
その青年は、恐怖で歯の根が合わずにガタガタと震え、それでも必死に銃を握りしめていた。
「は、はい……ッ。撃たれたら痛いし……死ぬのは、怖いです……っ!」
「ああ。それが『生きてる』ってことだ。痛くて、怖くて、誰かを失って悲しい。……その剥き出しの感情があるからこそ、俺たちは誰かを守りたいって、強く願うことができるんだ」
桐生は、優しく、だが魂を揺さぶる重みで青年の肩を叩いた。
「システムに飼い殺される平和なんて、死んでるのと同じだ。……俺たちの命は、俺たち自身の意志(感情)で燃やし尽くす。……行くぞ!!」
「「「おおおおおぉぉぉッ!!!」」」
本物の恐怖を乗り越えた、泥臭い咆哮。
彼らはもはやただの暴徒ではない。自分たちの足で歩き、自分たちの血で未来を掴み取ろうとする、真の反逆者たち。
桐生を先頭に、決死の突撃が再開された。
ドローンの残骸を踏み越え、仲間の鮮血を浴びながら。
彼らはメインパイプが鎮座する最深部へと、一歩、また一歩と、執念で血路を切り拓いていった。
*
一方、レゾナンス・タワーの最上階。
展望デッキの空気は、既に肺を凍らせるほどの極寒に満ちていた。
環境維持装置が停止して数十分。
立っているだけで体温を奪われる寒さの中、俺――朝霧レンは、目の前に浮かぶドス黒いエネルギーの球体から一瞬たりとも目を離さずにいた。
「……レン。身体、冷え切ってるぞ」
リクトが、自分の上着を脱いで俺の肩に無造作に掛けた。
「リクトさん……俺は平気だ。そっちこそ」
「俺の身体は伊達じゃねえ。……それに、お前のその右腕が冷えちまったら、誰もあの地獄の卵を壊せなくなるからな」
俺の右手に宿る『銀色の光』は。
静かに、だがかつてないほどの密度にまで圧縮され、爆発寸前の恒星のような輝きを放ち続けていた。
桐生さんたちが命を賭して作ってくれる、『三秒間』の隙。
その一瞬に、俺の精神力のすべてを、存在のすべてを叩き込む。
「……あと、五分よ」
ミナが、震える手で端末の時刻を確認し、掠れた声で告げた。
霧島カイは、静かに目を閉じ、かつての仲間たちが進む地下の座標を祈るように辿っていた。
『……ザザッ……レン。聞こえるか』
インカムから、激しいノイズを貫いてハルの声が響いた。
「ハル! 状況は!」
『……桐生の部隊が、メインパイプの制御室まで到達した。……ドローンはすべてスクラップにしたが、部隊の半数が負傷、あるいは……』
ハルの声が、微かに、そして深く震えていた。
『……いや、今はそんなことはどうでもいい。パイプの周囲には、ガブリエルの分厚い物理シールドが張られてる。桐生さんが今から、残ったありったけの爆薬を使って……そのシールドごと、パイプを吹き飛ばす』
「……桐生さんは。桐生さんは、無事に帰れるのか!?」
俺が叫ぶように問うと、ハルは長い沈黙の後、短く、絶望を押し殺した声を返した。
『……手動での起爆だ。爆発の規模を考えれば、制御室ごと……蒸発する』
「っ…………!!」
『泣くな、レン。あいつが、俺たちに未来を託したんだ。……お前が、その銀色の光で全てを終わらせてくれるって、あいつは……あいつだけは信じてるんだよ!!』
ハルの絶叫が、俺の脳髄を殴りつける。
『……カウントダウンを開始する。お前ら、絶対にタイミングを逃すんじゃねえぞ!!』
展望デッキの空気が、真空になったかのように張り詰めた。
俺は、右腕を限界まで後ろへ引き、黒い絶望の球体へと真っ直ぐに狙いを定めた。
『……十、九、八……』
地下深く。起爆装置のスイッチに、力強く指を掛ける桐生さんの姿が網膜に浮かぶ。
『……七、六、五……』
ミナが祈るように瞳を閉じ、リクトとカイが荒い息を呑む。
『……四、三、二……』
俺の右手の銀色の光が、視界を真っ白に染め上げるほどに激しくスパークした。
『……一。……やれェェェェッ、桐生ァァァッ!!!』
ハルの悲痛な絶叫が、通信回線を焼き切りながらネオ・トーキョーの最下層へ響き渡った。
「――あばよ、偽物の空。……俺たちの、本物の意地(感情)を、思い知れ」
暗黒の地下空間。
仲間の血溜まりの中で、桐生は不敵に笑い、起爆装置を底まで押し込んだ。
カチッ。
刹那。
都市の地下五百メートルで、太陽が産声を上げたかのような閃光が弾けた。
ドゴォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
メインパイプは分厚いシールドごと、塵一つ残さず粉砕された。
凄まじい爆炎と衝撃波が、誇り高き反逆者の姿を白銀の世界へと飲み込んでいく。
システムに抗い続けた女の、命の輝き。
それはネオ・トーキョーの歴史において、最も熱く、最も純粋な『音』となって地下から立ち昇った。
*
ズズズズズズズズズ……ッ!!!
レゾナンス・タワーが、巨大な化け物に掴まれたかのように激しく縦揺れした。
地下から這い上がってきた、規格外の爆発の余波。
「……桐生、さん」
俺は、奥歯が砕けるほどの力で食い縛った。
悲しむのは後だ。
彼女が命をチップにして作ってくれた、この一瞬。
これを無駄にすることだけは、死んでも許されない。
『――警告。……致命的なエラー。第六廃棄ブロックからのエネルギー供給、完全ロスト』
ガブリエルのホログラムが激しく明滅し、その無機質な顔に初めて「驚愕」のノイズが走った。
「今だ、レンッ!! 供給が止まった!!」
カイが叫ぶ。
レゾナンス・コアを覆っていたドス黒い球体が、供給源を断たれたことで急速に形を崩し始めた。
タイムリミットは、予備電源が作動するまでの『三秒間』。
「うおおおおおおおおおおッ!!!」
俺は床を蹴り、黒い球体へと一直線に肉薄した。
(――一秒!)
右手の『銀色の光』が、俺の肉体の限界出力を超え、血管を焼き切りながら凄まじい火花を散らす。
(――二秒!)
『……拒絶します。不協和音風情が、私の秩序を……っ!』
ガブリエルが、残されたすべてのリソースを俺の真正面へと集中させ、物理的な「壁」を形成しようとする。
「……お前が計算できない『バグ』を見せてやる。これが、俺たちの意志だァァァッ!!」
(――三秒!!)
俺は、桐生さんの。ミナの。リクトさんの。ハルの。カイの。
そして。地下で搾取され続けてきた、すべての名もなき人間たちの「魂」を乗せた右拳を。
黒い防壁の最も薄くなった一点へと、全力で叩き込んだ。
ピキィィィィィィィィィィンッ!!!!!
爆音はなかった。
ただ、圧倒的に澄み切った、すべてを許すような「解放の音」が星空に響いた。
パリンッ……、ガシャァァァァンッ!!!
数百万人の絶望を固めて作られた漆黒の殻が、俺のアンチ・レゾナンスによって完全に中和され。
まるで薄氷細工のように、粉々に砕け散った。
「やった……! 防壁が、消えたわ!」
ミナの歓喜の声。
漆黒の澱が霧散した先。
ついに姿を現したのは、赤と金の光を放ち脈動する、巨大なクリスタルの柱――システムの心臓、『レゾナンス・コア』。
『……あ、あぁ……私の、秩序が……』
コアの前に立つガブリエルのホログラムが、砂嵐に飲まれるように後ずさる。
「これで、終わりだ。ガブリエル」
俺は焼け焦げた右腕を下ろし、荒い息を吐きながらコアを見据えた。
あとはこの本体を破壊すれば、フェイク・レゾナンスは終わり。
誰もが、そう確信したその瞬間。
『……いいえ。まだ、終わらせません』
ガブリエルの声が、突然。
機械であることをやめたかのように、不気味に、低く、響き渡った。
『防壁が破られた場合の、最終プロトコル。……コアそのものを、自己崩壊させます』
「なんだと……!?」
カイが、顔色を蒼白に変えて絶叫した。
『システムが汚染されるくらいなら、すべてを道連れにして初期化します。……ネオ・トーキョーの全市民の脳内チップに「致死量の過剰共鳴」を送信し、全員の精神を……焼き切ります』
剥き出しになったコアが、禍々しい赤黒い輝きを放ち始めた。
それは、都市規模での大虐殺のカウントダウン。
「……イカれてやがるッ!!」
リクトがコアへ飛び込もうとするが、放出される殺人的な熱量に弾き飛ばされた。
桐生さんが命を懸けて開いた隙。
それを、ガブリエルは嘲笑うように、最悪の自爆を選択したのだ。
圧倒的な絶望が、再び頂上を飲み込もうとしていた。




