第四話:翡翠の狙撃手
人間界での束の間の休息。しかし、天導ゼルの心は安まることはなかった。彼の持つ能力『感情の終着点』が、天界の彼方から届く、親友・紅月色葉の「凍てつくような孤独」を絶えず感知していたからだ。
「……あいつ、あんなに近くにいたのに、また遠くにいっちまった」
アルテミスが突き止めた情報は、天界の主流から外れた原生林、通称「翡翠の迷宮」。そこはかつて組織『カラー』が初期の実験を行っていた、呪われた地であった。ゼル、アルテミス、スイの三人は、視界を拒むほどに濃い霧の中へと足を踏み入れた。
「……気をつけて。誰か、そこに『いる』のに『いない』」 スイが杖を握りしめ、周囲の霧を微かに凍らせて警戒を強める。
その直後だった。 ――シュッ! 風を切る鋭い音が響き、一本の緑光を纏った矢がゼルの眉間を正確に狙って飛来した。
ゼルは瞬時に抜刀し、刀身に雷を纏わせる。ただ生存のための本能で、一閃。雷光が矢を叩き落とし、火花が霧を一瞬だけ晴らした。
「……僕の初撃を防ぐなんて。君が、あの失敗作と蔑まれた『黒の13号』か」
声はすぐ耳元で聞こえる。だが、そこには誰もいない。 アルテミスの放つ月光の矢も、何もない空間を虚しく通り抜ける。敵の熱も、魔力の残滓すらも完全に消えていた。これがアイツの能力……『ハイド』。
「見えないなら、全部吹き飛ばすまでだ!」 ゼルは咆哮し、刀を地面に突き立てた。刀身から雷が地面を伝い、周囲の樹木を爆砕しながら放射状に広がる。
しかし、空間のどこからも反撃の矢が飛んでくる。 一本、また一本と、死角から正確に急所を狙う一射。ゼルは炎を左手に凝縮し、飛来する矢を熱風の圧力で強引に逸らすが、立て続けに放たれる連射に防戦一方となる。
「……無駄だ。君がどれだけ高火力の魔法を振り回そうと、僕には触れられない」
空間が歪み、再び無数の矢が雨のように降り注ぐ。ゼルは反射的に雷を全身に纏い、超高速の抜刀術でそれらを斬り落とすが、脚と肩を浅く射抜かれ、鮮血が飛んだ。
「……そこかぁッ!」
感情の終着点
ゼルは痛みを無視し、全神経を『感情の終着点』に注ぎ込んだ。 視覚も聴覚も通用しない相手。ならば、相手が「引き金を引く瞬間に放つ、冷徹な殺意」を逆探知する。
空間の静寂の中、ゼルの脳内に一筋の「黒い線」が走った。 真後ろ。地上三メートル。木の枝の上。
「見つけたぞ!」
ゼルは身を翻すと同時に、全魔力を右腕に集中させた。刀を鞘に納める暇もなく、拳に炎と雷を同時に爆発させ、推定位置へ向かって文字通り空気を殴りつける。
「な……っ!?」
衝撃波が霧を円形に吹き飛ばし、隠れていた少年の姿を無理やり引きずり出した。 緑色の髪をなびかせ、黄金の弓を構えた少年――獣矢ジンが、衝撃に耐えきれず地面へ叩きつけられる。
「……まだだ!」 ジンは着地と同時に再び『ハイド』で消えようとするが、ゼルの方が速かった。 爆発的な踏み込みで距離を詰め、ジンの喉元に雷を帯びた刀を突きつける。
「終わりだ。これ以上やるなら、次は焼くぞ」
沈黙が流れる。ジンの瞳には驚愕と、そして敗北を認める潔さが混在していた。 ゼルは刀を収め、荒い息をつきながらジンの前に立った。
「……お前、強いな。独りでこんな場所を守ってたのか」
「……僕は獣矢ジン。組織を裏切った『緑の15号』だ。……殺さないのか?」
「仲間に殺す奴がいるかよ。……俺たちは組織を潰しにいく。お前のその力、貸してくれ」
ジンはゼルの差し出した手を見つめ、ふっと自嘲気味に笑った。その瞳からは先ほどまでの冷徹な殺意が消え、新しい目的を見つけた者の光が宿っていた。
「……いいだろう。その真っ直ぐすぎる力、嫌いじゃない。僕の弓も、君たちの『日常』とやらに貸してあげるよ」
新たな仲間、獣矢ジンを加え、理外の王の戦列はさらに強固なものとなった。




