第二十二話:氷雪の創世神
次元軍船『アーク』は、黄金の光の尾を引いて、宇宙の理の外側――邪神の領域へと突入した。
船窓の向こうに広がるのは、通常の視覚では捉えきれない、純粋な「虚無」と「混沌」が渦巻く異世界。
「これが……邪神の領域……」
リアが息を呑む。
通常の空間とは異なる「負の概念」が充満しており、天界の神々でさえ長時間滞在すれば精神を侵食されかねない場所だった。
「前方、異常なエネルギー反応! 巨大なゲートを確認! これが邪神の本拠地への入り口です!」
アルテミスが、計器を操作しながら叫ぶ。
アークが減速し、そのゲートに近づいていく。だが、ゲートの向こうに広がっていたのは、陸地でも空でもなかった。
触れるものすべてを腐敗させ、存在そのものを融解させる、どす黒い**「混沌の海」**だった。
船を襲う混沌
「……くっ、装甲が軋んでる! ゼル様の重力障壁でも、完全に防ぎきれないわ!」
アルテミスの報告に、緊張が走る。
混沌の海からは、無数の異形の触手がアークに絡みつき、船体を文字通り「概念ごと」溶かし始めていた。
「このままでは船体が持たない! ゼル様、これでは進めません!」
アルテミスが叫ぶ。
ゼルの『黒き雪の舞う日にて』で船体周囲の重力密度を極限まで高めるが、混沌の海は「物理」も「概念」も喰らうため、重力ですら完全に防ぎきることはできなかった。
「……ッ、クソッ、何とかする方法は……!」
ゼルが奥歯を噛み締める。
その時、一人の少女が震える声で前に出た。
「……ゼル……! 私に……任せて」
それは、青い髪をなびかせるスイだった。
「スイ!? この混沌は、お前の氷でも……」
ゼルが言いかけるが、スイは首を横に振る。彼女の瞳は、これまでの不安とは違う、澄み切った光を宿していた。
「……わかってる。私の氷は、この『概念を喰らう混沌』には通用しない。……でも」
スイが両手を前に突き出すと、その体から、これまでのどんな冷気とも異なる、純粋な「無」に近い光が溢れ出した。
彼女のDNAに眠る、ポセイドンの「原初の記憶」が、ゼルへの強い忠誠と、仲間を守りたいという切実な願いに応えて、今、覚醒しようとしていた。
「……この『混沌』を、私自身が世界の『理』として定義し直す。……だから、凍れ!!」
スイの全身が、宇宙の星々を内包するような白銀の輝きを放つ。
神格化:氷雪の創世神。
彼女が放った冷気は、混沌の海に触れた瞬間、瞬く間に膨大な熱量を奪い、分子運動を停止させ、「腐敗という概念そのもの」を凍りつかせた。
「……っ!? 馬鹿な! 我が混沌の海が、凍りついているだと……!」
遥か奥から、邪神たちの驚愕の声が響く。
目の前には、どす黒い混沌が完全に凍りつき、まるで巨大な氷の橋が架けられたかのような光景が広がっていた。アークは、その氷の道を滑るように進んでいく。
「……すげえな、スイ。お前、本当に『神』になっちまったんだな」
ゼルが、感嘆の声を漏らす。
「……うん。ゼルを守るためなら……私、どんな神にだってなってみせるよ」
神格化したスイは、安堵したように微笑んだ。
だが、その笑顔の裏で、彼女の体には「神格化」の代償を示すように、肌の一部に凍てついたような文様が刻まれていた。
混沌の海を越えた先には、邪神たちの本拠地が、いよいよその全貌を現そうとしていた。




