第二十三話:風影の狩猟神
スイの氷の道を突き進む『アーク』だったが、突如として周囲の景色が歪み始めた。
空と海が入れ替わり、右へ進んでいるはずの船がいつの間にか元いた場所に戻っている。
「……っ、空間がねじ曲がってる!? アルテミス、座標を確認しろ!」
ゼルの叫びに、アルテミスは青ざめた顔でモニターを見つめる。
「ダメです、ゼル様! 物理的な位置情報が……いえ、『過去』と『未来』のデータまで混濁しています! 私たちは今、時間の袋小路に閉じ込められています!」
そこへ、闇の中から嘲笑うような声が響いた。
邪神の幹部、「因果の支配者・クロノス」。
「理外の王よ。お前たちの『絆』という因果を、ここで断ち切ってやろう。誰が誰を助けたのか、誰が誰を愛したのか……そのすべての『起点』を書き換えれば、お前たちは最初から存在しなかったことになる」
クロノスが指を鳴らすと、船上のメンバーたちの身体が透け始めた。
ジンの脳裏に、かつて組織『カラー』で誰とも分かち合えず、孤独に生きていた頃の記憶が強制的に流れ込む。
(……そうだ、俺は一人だった。ゼルに出会うことも、スイたちと笑い合う未来も……全部、幻だったのか……?)
「……ジン! しっかりしろ、それは敵のまやかしだ!」
リアが叫び、剣を振るうが、クロノスは「攻撃が当たったという事実」を因果から消去し、無傷でそこに立ち続ける。
「……ガ……あぁぁぁっ!!」
ジンは頭を抱え、蹲る。だが、その時、彼の耳に微かな音が届いた。
それは、かつてゼルが自分に手を差し伸べた時の、荒々しくも温かい重力の唸り。
「……ふざけんな。俺たちの積み重ねてきた時間を……勝手に無かったことにすんじゃねえッ!!」
ジンのDNAに眠る、伝令神ヘルメスの「神速」と「境界を越える力」が、怒りと共に爆発した。
彼の身体を透明な旋風が包み込み、瞳の中に無限の未来の分岐点が見えるようになる。
もはや、クロノスの因果操作は彼を捉えることができない。
「……見えたぞ。お前が逃げ込んでいる『正しい現在』は、そこだ」
神格化:風影の狩猟神
ジンの背後に、光り輝く巨大な影の弓が顕現する。
彼は実体のない、純粋な「意志」の矢を番えた。
「『因果消失・零式』!!」
放たれた矢は、過去・現在・未来のすべての時間軸を同時に貫いた。クロノスが「逃げ道」として用意していた数千の未来は一瞬で崩壊し、彼の本体は現実に引きずり戻される。
「バカな……因果を、力でねじ伏せただと……!?」
「俺は狩人だ。……お前がどこまで過去に遡ろうが、俺の矢からは逃げられねえよ」
ジンの放った最後の一射がクロノスの核を貫き、迷宮はガラスのように砕け散った。
空間が正常に戻り、アークは再び進軍を再開する。
しかし、神格化を解いたジンの腕には、黒い痣のような「邪神の呪い」が刻まれていた。
スイに続き、ジンまでもが身を削って力を解放したことに、ゼルは拳を強く握りしめる。
「……悪いな、ジン。助かった」
「……よせよ。俺は、お前の『目』だって言っただろ。……次はリア、お前の番だぜ」
ジンが肩で息をしながら笑う。
その先、深淵の最奥では、ついに「秩序」そのものを裁断する最凶の邪神が、リアを待ち受けていた。




