第十五話:揺らぐ神界、深海の咆哮
ゼルが第十一の漆黒の椅子に腰を下ろした瞬間、円卓を囲む神気が激しく波打った。
「……認めん。認めんぞ。矮小な人間界の情を抱えたまま、我らと同じ次元に座るなど!」
激昂の声と共に、円卓の端から立ち上がったのは、三叉槍を携えた大海の覇者、ポセイドン。彼の足元から、天界の神殿を飲み込まんとするほどの巨大な海流が噴き出した。
「ポセイドン、落ち着け。彼はゼウスの血を……」
アテナが制止しようとするが、ポセイドンは聞き入れない。
「血筋など関係ない! 神とは、世界を律する絶対的な力そのものだ。小僧、その椅子ごと海の藻屑にしてくれる!」
「……ポセイドン。あんたが怒っているのは、俺が人間だからか? それとも、俺の重力に『海』が屈するのが怖いのか?」
ゼルは座ったまま、不敵に言い放つ。
「ふん、抜かせッ! 『アトランティス・ジャッジメント』!!」
ポセイドンが三叉槍を突き出すと、重水で構成された巨大な水竜が、ゼルと傍らに立つ色葉を飲み込もうと襲いかかる。その一滴だけで山を砕くほどの質量。
だが、ゼルは動かない。
「『黒き雪の舞う日にて』――深層展開・事象の地平線」
ゼルの周囲に、赤黒い光の膜が広がる。
突進してきた水竜は、ゼルに触れる直前で、まるで時間が止まったかのように静止した。いや、止まったのではない。ゼルの放つ超重力が水の分子一つ一つの自由を奪い、空間ごと「固定」したのだ。
「……な、何だと!? 私の海が、動かんだと……!?」
「あんたの海がどれだけ重かろうが、俺の重力はそれを『ゼロ』にも『無限』にもできる。……色葉、こいつ、どうしようか?」
ゼルが隣の色葉を見上げると、彼女は虚無の黒剣を鞘に納めたまま、ポセイドンを真っ直ぐに見つめていた。
「……ゼル、この人は怒ってるだけじゃないよ。この人の感情……私にも聞こえる。この人は、新しい理が生まれるのが怖いだけなんだよ」
「……そうか。なら、教えてやるよ。恐怖の先にある景色をな」
ゼルが指をパチンと鳴らす。
次の瞬間、静止していた巨大な水竜が、ポセイドンに向かって「逆流」を始めた。それも、元の速度の十倍以上の加速を伴って。
「ぐ、おぉぉぉッ!?」
自身の魔力に押し潰され、円卓の壁まで吹き飛ぶポセイドン。
静寂が戻った神殿で、ゼルはゆっくりと立ち上がった。
「俺はあんたたちを倒しに来たんじゃない。俺とこいつ……色葉が座るこの二つの席が、あんたたちの『理』を広げるために必要なんだってことを分からせに来たんだ」
その時、ポセイドンの背後の影が揺れた。
空席だった「第十二の椅子」が、色葉の存在に呼応するように、眩いばかりの銀色の光を放ち始める。
「……まさか。あの椅子が、自ら主を選ぼうとしているのか?」
アメノミナカヌシノカミの目が、驚愕に見開かれる。
「……色葉」
ゼルが手を差し伸べる。
「あそこに座れ。お前が座ることで、俺の神話は完成する」
「……うん。ゼルと一緒に、この世界を『普通』に笑える場所に変えるために。……私、座るよ」
色葉が最後の一歩を踏み出そうとしたその時。
神殿の天井が漆黒の炎によって焼き切られ、巨大な影が降り立った。
組織『カラー』の最終兵器――そして、神殺しの魔道具を装備した「虹の0号」。
「第十二の座、頂戴するぞ。神々の黄昏の始まりだ」




