第十三話:神域への帰還
人間界の片隅に佇む「天導家」。その平和な朝は、文字通り「天」からの干渉によって終わりを告げた。
雲一つない青空が突如として黄金色に染まり、庭の真ん中に一本の白銀の槍が突き刺さる。神々の父・ゼウスからの直接の招集――組織『カラー』の残党が、天界の最下層にある禁忌の地「タルタロス」を占拠したという報せだった。
「……結局、親父たちは自分たちの手が汚れるのは嫌ってわけか。神のDNAを弄んだ組織を、今更『汚れ』扱いするなんてな」
テラスで天界を見上げるゼルの表情は冷ややかだ。その背後には、かつての敵であり、今はかけがえのない家族となった仲間たちが揃っていた。
「ゼルが行くなら、私も行く。……私の『幻獣』たちも、あのアマテラスとかいう神様に、一度文句を言いたがってるみたいだし」
色葉がゼルの隣に並ぶ。彼女の胸にある、ゼルへの名前のつかない「熱」は、天界の冷たい気配を感じてより一層強く脈打っていた。
「ゼル様、準備は整っております。我ら一同、貴方の『重力』に従いましょう」
アルテミスの宣言と共に、一行は天界へと続く黄金の門「アエトス」へと足を踏み入れた。
門を抜けた瞬間に広がったのは、浮遊する島々と、呼吸するだけで肺が焼けるような高濃度の魔力。
「……っ、体が重い。人間界とは重力定数が違うのか?」
ジンが膝をつきかけるが、ゼルが瞬時に**『黒き雪の舞う日にて』**を発動させ、仲間の周囲の重力を「普通」の数値まで強制的に固定する。
「ここからは俺の領域だ。一歩も離れるなよ」
歩みを進めるゼルの前に、白銀の鎧を纏った天界の守備兵たちが立ち塞がる。
「止まれ、黒の13号。神域に穢れた『神の子』を伴って入ることは許されん」
「穢れてる、だと?」
ゼルの瞳に、深紅の火が灯る。
「お前たちが実験体として見捨てたこいつらが、どれだけ必死に生きてるか知りもしないで、よくそんな言葉が吐けるな」
「排除せよ!」
兵士たちが一斉に光の槍を放つ。音速を超える一撃。
しかし、ゼルは刀を抜くことすらしなかった。
「――『赤方変移』」
ゼルの拳が空気を叩くと、極限まで圧縮された重力が光を屈折させ、飛来する槍を文字通り「消滅」させた。衝撃波だけで兵士たちは地面に叩きつけられ、神域の空そのものが赤く染まる。
「……親父に伝えろ。用があるなら、俺がそっちまで行ってやるってな」
倒れた戦士たちから、ゼルの能力『感情の終着点』が奇妙な情報を拾い上げた。
そこに流れていたのは、不法侵入者への怒りではない。天界の奥底、タルタロスに封印された「何か」に対する、震えるような絶望的な恐怖。
(組織『カラー』が狙っているのは、ただのDNAじゃない。……神々が隠し通してきた、この世界の『最初の嘘』か)
「……色葉、スイ、ジン、リア、アルテミス。ここから先は、今まで以上の泥仕合になるぞ」
「望むところだよ、ゼル。……だって、私たちはもう『普通』の友達じゃないでしょ?」
色葉が少し首を傾げて笑う。その無自覚な笑顔に、ゼルは胸の奥の「正体不明の熱」が少しだけ疼くのを感じた。
「……ああ、そうだな。……行くぞ、天界の深淵へ」
理外の王、天導ゼル。
己を捨てた「神」という名の親たちへ、そして運命を弄ぶ組織へ。
今、最上級の宣戦布告が、天界の静寂を切り裂いた。




