18話:初依頼
「おー、これは凄いな」
大きな城壁の検問を越えて国の外に出ると、そこには雄大な風景が広がっていた。
小さく生えた草木となだらかな起伏のあるいくつもの小さい丘を這うように踏み固めただけの簡単な道が作られ、人工物の一切見えない先には地平線すらも見えていた。
丁度日も高い位置にあり、暖かな日差しと自然をめいっぱいに感じて思わずンーッと背伸びなんてしてしまう。
「日差しが気持ちいいなー。そこらへんの草むらで寝たらさぞ気持ちいいんだろうなぁ」
先程初依頼だからと気を引き締めたのに、早くも気が抜ける要。
視線を動かすと、左手には遠目に木々が生えているのが見える。今回の依頼はそこの森に入り薬草を採取することだ。
「うし、気合入れていくかー。城じゃあんまり強力なのは使えなかったし」
気合を入れるといっているものの、傍目に見たら全く気合の入っていなさそうに呟く。
森が視界に見えているとはいえ、目算でも結構な距離があるだろう。
普通に歩いていけばそれだけで日が落ちてしまう可能性もある。
城では常に周囲に気を払わなければいけなかったので力をセーブせざるをえなかった。比較対照もいなかったので自分が周囲と比べてどの程度の力があるのかが未だ不透明なままなのは不安がある。
これからのことも考えて、今どれだけのことができるか、どれだけの力が出せるかを把握する為の良い機会だと思ったのだ。
周囲に人がいないのを確認すると身体強化の魔術を強めに施し体が軽くなるのを感じると、大仰にクラウチングスタートの姿勢をとり軽く腰を落として両足にぐっと力をこめた。
ズンッ
その瞬間、地を震わせる音と砂埃を上げて黒い物体が飛び出した。
「はやっ!こわっ!」
駆け足のままで思わず感想を漏らす。
人間の脚力ではありえないような速度で走っていることに感動するも、あまりの速度に若干の恐怖感も覚えてしまう。コケたら大怪我じゃ済まなそうだ、と変な心配をする余裕はあるのだが。
しかしこれなら、そう時間のかからないうちに森までたどり着けそうだ。なんとなく脚力がどの程度になっているのか気になって、そのままの勢いでジャンプをしてみる。
地面に綺麗な踏み込みの足跡を残して、いまやその設定すら忘れられかけている某配管工のごとく大ジャンプした要。その高さは優に二十メートルを超えていた。
「おー!」
高みから見える素晴らしい景色に、感嘆の声が漏れた。
このまま景色を眺めつつ行くのもいいかなーなんて思っていたのだが――
「絶景かな絶景か……なああああああああぁぁぁぁ!!!」
落ちた。
当たり前といえば当たり前だが、飛んだわけではなく跳んだだけだ。
当然の帰結である。詰めが甘いというか既にただの間抜けだった。
なんとか頭から落ちるのは回避し、地に両足をしっかりとつけてズダンと着地。うまく膝を使って勢いを殺すものの、横方向へのスピードがありすぎたためにそのまま大きくスライドしていった。
地面を削り砂煙を上げて数十メートルをランディングする。気分はK点越え真っ青のスキーの大ジャンプである。
「ひいい!死ぬかと思った!」
まさかあそこまで高く跳びあがるとは予想外だった。空中での姿勢制御をどうにかしないとあまり強力な身体強化は使いづらそうだ、と判断を下す。
本来は部分強化も可能な為にこのようなことがおこることはない。これは要が強化に対してそこまで習熟していないというのが大きい。
いくら転写された知識を持っているとしても、経験による差は大きい。きちんと練習すれば一から学ぶものより遥かに早く習得することはできるだろう。
そもそもそこまで強力なものを使えるような魔力を持つ者が居ないというのもあり、部分強化を行う者はあまり居ないのだ。
攻撃に多く費やせば防御にまわす魔力が薄れる為に防御が薄くなり少しの攻撃が致命傷になりうる。逆に防御を強化すればその分決定打に欠ける。
体に魔力を流す、と単純に言っても重要性はとても高いのだ。
要の場合、今までを魔術の練習に当てていたため強い強化を施したことが無く制御がうまくないというのもある。だが、ちょっと足に力を込めたら数メートル跳びましたとか洒落にならないし、単純な強化すらままならないようでは文字通り生死に関わる可能性だってある。
だからといってこの能力を制限するのはもったいない気もする。強化の制御や部分強化の訓練をしなければならないのは勿論だが、走り出すときの地に響く衝撃は嫌でも人目を引くだろうしなんとか速度を維持して、かつ空中である程度自由に動けるようにならないものかと、再び走り始めた思考の端で考える要だった。
走りながら考えること数分。
その恐ろしい速度にもだいぶ慣れた要は、早くも森の入り口まで来ていた。
周囲に確認できそうなものが何も無かったので速度はわからないが、前面の視界の動きからおそらく下手な車以上の速度が出ていただろう。
逆に言えばそれだけの速度を出していたにも数分かかったということは、普通に歩いていたら日が暮れていたのは間違いない。
要は知らないが、普通は馬を借りて行動をするのだ。
その広がった平野を見ればわかるように、普通に歩いていては国外での活動はままならない。
荷物の量もばかにならないため、少なくとも一人で出歩くということは無く、パーティーで分担して持つか荷物を載せる馬を借りるのである。
そんなことを知る由も無い要は、馬どころか武器や道具の一つも持たずに初依頼に挑んだのだった。
「これはまた深そうな……」
森の入り口に立ってみると、見えた景色にそんな感想が漏れる。
田舎生まれの要は、小さい頃は近くの雑木林で友人と暗くなるまで遊んでいたこともあって、木々生い茂り深い影を落とす森林を見ても懐かしさを覚える程度だ。だがこの森は木々の背も高く葉も青々と生い茂っており、それらに遮られた内部は殆ど光が射していない。
不安感がこみ上げてくるのも仕方が無いだろう。
「よく考えたら武器の一つも無いんだよなぁ」
いくら初心者といえど、外に出るならば武器の一つくらい携帯していて当たり前だ。いつ何時魔物に襲われるか分からないのだから。
服には魔力を通しているので防御力は確保されているはずなのだが、傍目には何も防具をつけない愚か者だ。
何故依頼を受けたときに、ケレーネは何も言ってくれなかったんだろう。それともこの森は魔物のような危険生物はいないと確認されているのだろうか、と思考をめぐらせてみるものの答えが出るはずもない。
青銅から受けられる依頼ということはそこまでの危険は無いはずだ。結局考えるだけ無駄と思考を切り捨てた要は、念のため強化を維持したまま森へと入った。
◇◇◇
森に入り数刻が過ぎた頃。
「ううむ……」
要は悩んでいた。
ケレーネに見せてもらった資料によれば、依頼の薬草はそこまで少ないものでもなく、森に入ればそこいらに自生しているものだと書いてあった。
しかしどこを探しても見つからない。まずは森の入り口付近でウロウロと探し回ったのだが、さっぱり見つからなかった。
入り口付近は取り尽くされているのかと思い、現在は森の深部へと足を踏み入れていた。
目を皿のようにして奥まで歩いてきたものの、規定の量に満たないどころかその一本すら見つからない。
覚えてきた薬草が間違っているのか、ただ場所が悪くて生えていないのか探し方が悪いのか、それとも本当にとり尽くされてしまっているのか。
これだけ探しても見つからないのではどうしようもない。
一度街に帰って、ケレーネに確認がてらもう一度資料を見せてもらおうかと思っていたとき、ふと違和感を感じた。
「……?」
何か聞き慣れぬ音を聞いた気がした。
最初は葉擦れの音を聞き間違えただけかと思った。
しかし耳を澄ませると、金属同士がぶつかり合うような高い音が何度も響いているのがわかる。
時々何かが破裂したかのような爆発のようなくぐもった音も聞こえている。そしてそれらの違和感を更に上回る異質な音。
――ギギギイイイイィ
何かの呻き声のようなものが聞こえたのだ。肌が泡立つような嫌な感覚。
おそらく魔物がいる。戦闘だ。初心者が来るような場所に何故。離れたほうがいい。危険だ。何が。誰と。
瞬時に様々な考えがよぎる。相手が魔物同士ならば離れるに越したことは無い。
だがもし人だったら。人が襲われている可能性。こんな初心者が来るような森にいるのならば、同じ初心者である可能性は高い。
先ほどの音の種類から人がいるかもしれない、とは考えていた。しかしそれは認めたくないことでもある。
注意深く周囲を見回し、魔物が潜んでいないか確認する。
今の今までそんな気配は微塵も無かったのだが、あんなおぞましい声を聞いてしまったあとでは、既に自分は取り囲まれているのではと不安が首をもたげる。
要が周囲の気配を探り、注意深く移動していると、森の中にまたも異質な音が響いた。
――ァ!
「ッ!」
微かに聞こえた音は間違いなく人の声だ。それも、苦痛を伴った――。
嫌な予感が脳裏をよぎる。人が襲われている可能性が高い。
そう思った瞬間の行動は早かった。
身体強化を強めに施し、森を一気に駆け抜ける。
もしその姿を見た者がいれば、恐ろしい速さで獣が木々の間を疾駆していたかのようにも見えただろう。
音のする方向へ走ること十数秒。
視線の先で森の切れ目らしき部分を見つけると、ギリギリのところまで走りこんで急停止。
端に立つ木に隠れて様子を伺うと、そこから先の木々が一部えぐりとられたように浅いすり鉢状の広場になっていた。
森の広さから考えればそこまでの広さではない。およそ円周三百メートル程だろう。
用心深く木に体を沿わせ、ゆっくりと顔だけ出して様子を伺う。
「なっ!」
思わず声を出してしまった。
中央には人間が四人。そして森の奥からは異形の生き物達が次々と現れ、群れとなって彼らに襲い掛かっていた。
既に一人は地に倒れ伏している。ここからでは息があるのかもわからないが、遠目にも倒れた人物の服に血が広がっているのが見えてしまった。
そして残る三人は、倒れた一人を庇うかのように立ち回り、押し寄せる異形達と死闘を繰り広げていた。
「あれ……ゴブリンか」
ファーミリアの指導内容にはいくつかの魔物の事も入っていた。聞いた話を照らし合わせれば、四人に襲い掛かっているのがゴブリンであることはすぐにわかった。
初心者が来るような森に何故ゴブリンが、と先程の疑問を再び引っ張り出そうとするが、どうであれ目の前にはゴブリンがいて、人を襲っているのは事実だ。
どうやら三人で拮抗を維持するのが限界らしく、膠着状態が続いているようだ。
負傷者がいるようでは、撤退戦も思うようにいかないだろう。
前線に立つ男は大きな剣を振り回し、襲い掛かるゴブリンを蹴散らしている。
少し後方では、レイピアのような細身の剣を使い攻撃をいなしながら複数を相手にしている女。
最後の一人は倒れた仲間の傍で杖を持ち、抜けてきたゴブリンを迎撃したり、二人をサポートするように魔術を放っていた。
一朝一夕で身につくようなものではない、互いの動きを理解したうえで的確な位置取りを行なう綿密に組まれたチームワークだ。
安定した対処をしているかのようにも見えるが、いくら倒しても森の奥から湧き出るかのように出現するゴブリンを押し留めるにしか至らない。
かなりの時間戦い続けていたのか、全員の動きが精彩を欠いているのが傍目にもすぐわかった。
どうしたものか考えあぐねているとき、視界の端に動くものが見えた。
「あれは……?」
三人の死角になる位置、木々にまぎれるようにして複数のゴブリンがいた。
その手には小さな身の丈にもなりそうな弓を番えている。
更には杖を持つゴブリンもいる。弓を引く方向には、後衛で周囲を警戒していた杖を持つ人物。
ゴブリンは、要が考える間もなく、そして考える必要も無い程当たり前の行動をとった。
ギリギリと引き絞った矢を彼らに向かって一斉に発射したのだ。
追撃をかけるように、杖を持つゴブリンが自らの頭程の小さな火球を生み出し発射する。
「くっ!」
考えている余裕などない。
助けないと。
ただそれ一心のみで、黒衣の青年は初めての戦場に身を躍らせた。




