17話:登録
「すいません、ハンター登録したいんですが」
なんとか大勢の視線から逃れた要は、カウンターに立っていた一人の女性に声をかけた。
先程の一件で気が動転していたのもあってか、口調は元に戻ってしまっていたが。
付け焼刃な取り繕いはかえって不自然になって逆効果かもしれない、と反省。
「初心者の方ですね。ようこそ国立魔物討伐民間依頼斡旋所へ。私は受付職員をしておりますケレーネと申します。以後何かと接する機会もあると思いますのでよろしくお願い致します」
「こちらこそよろしくお願いします」
わざわざ言いにくい正式名称で紹介をした丁寧な職員の対応に、思わず素で礼を述べてしまう。
内心でまたやっちゃった、と失態を悔いる。
元々の性格もあり、あのキャラ作りには無理があったのだと自覚していたのもあって、もうここまできたら取り繕っても仕方ないか、と素でいくことにした。
こうして要のキャラ作りは、ギルドに入ってものの数分で瓦解したのだった。
「では簡単に説明をさせて頂きますね。まず登録には銀貨1枚を納めていただきます。これは登録の際に交付される身分証やこちらで事務処理を行う際の手数料だと思ってください。以後、特別な理由が無い限りこちらから徴収することはありませんのでご了承お願い致します」
「わかりました」
通貨は価値の低い物から順に銅、銀、金、白金、灰輝硬貨の五種類が存在する。
ハンターランクはこの貨幣価値になぞらえて作られたものだ。
下の通貨百枚で上の硬貨一枚。つまり銀貨百枚で金貨一枚になる計算だ。
ちなみに一般的な国民の収入は、年間でおよそ銀貨二十枚相当になる。
つまり銀貨一枚は一般的に見れば結構な額になるのだが、こちらでの身分証代わりになるのならば持っておくに越した事はないだろう。
どちらにしてもハンターになる為には必要経費だ。
その後はこの機関について説明を受けた。
最初は国が各々で立てたので"国立"とついているが、現在のギルドは国から完全に独立した組織になっており、各国のギルドごとに連携を取る為の支部がある。
また、永久中立を掲げている組織らしい。
曰く、組織として国家間の全ての争いに不可侵である。
曰く、所属する個人にそれを強制するものではない。(※個人が依頼として遂行する場合を除く)
曰く、所属する者は、滞在する国または地域が魔物の襲撃にあった場合、その脅威を取り除く為に協力する義務を持つ。
早い話が仕事の斡旋と管理はしてあげるけど、そこに魔物が襲ってきたら対処しなさい、ということなんだろう。
破るものは罰則、最悪ギルドから除名処分されることになる。
「では早速ですが、登録はどのように致しましょうか」
「えぇと、どのようにと言いますと?」
「登録を行うと、成りすましや虚偽の申請を防止する為に、こちらに個人の情報を埋め込みます」
そういって差し出した手に載せられていたのは、紺色の小さな宝石だった。ひし形の宝石の先端に紐が結び付けられており、首にかけるタイプのアクセサリー状になっているのがわかる。
「これがハンターの身分証になる魔石と呼ばれているものです。これは刻印された本人の魔力だけに反応するもので、魔力を流すと刻印した方の名前とランクを表示させることができます。他にも依頼の受注履歴や使える魔術、保有魔力量、パーティーメンバーの名前なども任意で登録して表示させることが出来ます」
「凄いですねぇ」
「ふふっ、皆さん初めて見たときは驚かれますよ。私も同じ感想を抱きました」
口元に手をあてて微笑を浮かべるケレーネ。
「それは全部登録しないとダメなんですか?」
「いえ、大部分はパーティーを組んだり自己紹介する際に表示するものですから登録しなくても大丈夫ですよ。ただ、それだと必要なときに開示できませんので、パーティーに勧誘される可能性も低くなってしまいますが」
これはむしろ好都合だ。事情が事情なので勧誘を避けることができるならば願ったり叶ったりだろう。
「しばらくは一人で活動するつもりなので、登録するのは必要最低限でお願いします」
「畏まりました。ではこちらにおいでください」
カウンターを抜けて建物の奥へと案内される。
細い通路になっていた先を抜けると、一つの広い部屋に出た。
その室内には家具などの生活品はひとつも無い。それどころか窓も無いうえに出入り口は今入ってきた場所だけ。そして中央には台座のようなものが一つ。
広い部屋に不相応なその小さい台座の周囲を、浮かんだ魔術の明かりが煌々と照らしていた。
「こちらの台座で魔石に情報を登録する事になります」
説明を続けながら中央の台座に歩み寄ると、手に持った宝石を台座の中央に軽く差し込んだ。
すると、明かりに照らし出された黒い台座が仄かに自ら明かりを放ち始める。
「台座に手を置いて魔力を流して、そのまま登録したい情報を思い浮かべるんです。先ほど必要最低限と仰ってましたから、今回はご自分の名前だけで結構です」
「わかりました」
言われた通り台座に手を置いて魔力を流すと、台座が放つ明かりがより強烈なものになっていく。
「うおっまぶしっ」
あまりの明るさに思わず目を瞑り、さっさと終わらせようと自分の名前を思い浮かべようとする。
(名前……スドウ……って本名登録しちゃ意味無いじゃん!)
正体を誤魔化すためにわざわざこんな格好をしているのに、本名で登録してはここまでの(若干不毛な)努力が無駄になってしまう。
適当な偽名を思い浮かべようとするが、そんなものこの一瞬で簡単に思いつくわけも無い。それに虚偽の名前を登録できるのか、登録しても大丈夫なのかと言う疑問もある。
(えぇい! ままよ!)
一つの名前を思い浮かべた瞬間、台座が更に強烈な光を放つと、一気に光が部屋の中央に収束していく。
収束した光はそのまま台座に刺された宝石に吸い込まれていった。
「お疲れ様でした。それでは登録内容を確認しますので、魔石を手に取って魔力を流してみてください」
言われた通りに魔力を流し込むと、魔石から仄かな光が発せられて空中に文字が浮かびあがる。
「おぉー……近未来的な感じだ」
異世界で近未来も何もあったものではないのだが、映し出す壁も何もない場所に文字が浮かび上がるサマは確かに近未来な雰囲気を醸し出していた。
「はい、確認できました。お名前は……アロウン=アルカード様でよろしいですか?」
浮かび上がる文字を確認したケレーネは、そのまま表示された名前の部分を読み上げる。
「は、はい。問題ありません」
まさか本当に登録できるとは思っていなかったので少々戸惑いを浮かべる要。
この名前、実は今着ているコスのキャラクターが名乗っていた名前なのだ。
ケレーネの反応を見る限り無事に登録はできたらしい。特に問題もなさそうだ。
「そちらは肌身離さずお持ちください。本人以外の魔力には反応しませんので悪用される可能性は低いですが、紛失されますと手続きと処理だけで数日は依頼を受けることが出来なくなります。再発行には手数料もかかりますので、重ねてご了承ください」
「わかりました」
魔石を首からかけながら頷く。
黒い服に紺色の宝石が溶け込んで、小さな輝きを放っていた。
広間のカウンターに戻ってくると、ケレーネがそういえばと話を切り出した。
「アルカード様はパーティーを組まないのですか?」
「そうですね。色々と思うところがありまして……」
「強制するものではありませんが、張り出された依頼のランクはパーティーを基準としたものです。勿論パーティーを組むことが最善であるということはないのですが、それでも組んでおいたほうが何かと効率的にこなせると思います」
「あそこで勧誘をしている人たちのように、ですか?」
先ほどの呼び込みをしていた初心者達に視線を送る。
日も高くなり、広間には徐々に人が溢れてきていた。
別の場所では、掲示された紙を何人もの男女がにらめっこのようにじっと見つめている。
勧誘活動を行う初心者の集団も、先ほどの倍近くになっており、熱心なサークル勧誘っぽさを更に増していた。
「そうですね。パーティーメンバー募集の際にはあのように自ら行動して勧誘を行う以外にも、登録されたハンターの書類を見てその方に直接呼びかけることも出来ます。依頼受注履歴以外は自己申告の能力ですから、予想していたものと違う場合も往々にしてありますのでこうして直接呼びかけて話をするほうが効率的ですけどね。また、情報が開示されるのは登録の際に開示許可を頂いた方だけですので、秘匿したい場合は仰ってください。それと、これはまだ先になるかと思いますが指名依頼を受けるか受けないかなども細かく設定することが出来ます」
ギルドへの登録内容も色々細かく設定を決めることができるらしい。
そこらへんの事務や依頼の斡旋を銀貨一枚程度でやってくれるならば破格の金額だといえるだろう。
情報開示に制限がかけられるのもハンターという性質を考えてのことだ。
単純に生活費として活動する者だけではなく、個々の理由があって活動している者は多い。
その為、能力を他人に知られたくないという者も少なくないのだ。
一方で、上のランクを目指す者であれば少々自分の力に色をつける者もいる、というかそっちのほうが圧倒的に多かったりする。所謂誇張表現である。
故に書類はあくまで本人が自己申告する能力に過ぎず、直接話して確認するほうが効率的だと説明をしたのだ。
嘘をついたところで、パーティーを組んでしまえば否が応でも能力はわかってしまうのだから。
仮に誇張であったとしても、相手に興味を持ってもらえた時点である意味成功しているともいえる。
「一応一人で活動するうえでのデメリットも理解したうえでのことですから、気にしないでください。設定は、情報は非公開で、指名依頼はとりあえず受けることにしておきます」
無名の初心者をわざわざ指名してくるものなどいるはずもないので、そこらへんはとりあえず放置することにした。
情報を非公開にすれば自身が会った者以外からは指名されることはおそらく無いだろう。
つまり、何かあってもおそらく面識のある相手からの依頼になるはずだ、と踏んでの判断だった。
「畏まりました。では説明は以上になります。登録も既に済んでおりますのでこれよりアルカード様は正式にハンターとなりました。青銅ランクからになりますので、受けられる依頼はまだ少ないと思いますが頑張ってください。アルカード様に戦女神の加護がありますように」
「ありがとうございます」
周囲の職員から簡単な拍手が送られる。
要の後ろのほうでも拍手に気付いた者がいたのか、先輩ハンター達から頑張れよーと暖かい声援を送られた。
軽く腕を上げて声援に応えていると、ケレーネから声をかけられる。
「今日から依頼を受けることが出来ますが、如何なさいますか?」
てっきり事務処理などで数日後になるかと思っていたのだが、その心配はいらなかったようだ。
もし時間がかかるなら、その間に街を散策してどのような世界観になっているのか把握しようと思っていたのだが。
早めに城を出たのが幸いして、まだ日も昇り始めたばかりなのですぐに行動を開始することにした。
「それじゃあモノは試しに一つ受けてみます。どんな依頼がいいですかね?」
「まずはギルドや国から出ているものを選ぶと良いです。初心者向けの依頼が多くなっていますのですぐに見つかると思いますよ」
「わかりました。ではそちらの方面で探してみます」
その後、簡単に依頼の説明を受けた要は、掲示された依頼書の前に立っていた。
この紙を剥がしてカウンターに持っていくことで依頼を受注したことになる。
もし依頼を完遂できない場合には別の者に引継ぎを行ったり、依頼自体を破棄することも出来るが、どちらも罰金が科せられるとのことだった。
特に個人が出した依頼などは依頼の期間や条件が厳しい場合も多く、初心者は避けたほうが良い。
ケレーネがギルドか国の依頼を勧めたのにはそういった理由があった。
依頼書に目を通すと、受注可能ランク、依頼内容、依頼の簡単な概要、報酬、推奨人数が記載されていた。
今読んでいる依頼書は、国の近くにゴブリンの集落が出来てしまい、度々人を襲うので排除して欲しいという内容だった。
(ゴブリンて。最近はあんまり感じてなかったけど一気にファンタジー色が強くなったな……)
ゴブリン。RPGやファンタジーな話の中では序盤に出てくる敵として割とポピュラーな単語だ。
ラースベストにおけるゴブリンという存在も、この世界の人にとってはお馴染みの相手だ。
馴染みといっても『空想の産物』と『実在する魔物』という大きな違いはあったが。
そもそもゴブリンと一口に言っても、ラースベストにはいくつかの種類が存在する。
基本的なゴブリンは、肌は濃い土気色で人の顔を縦に潰してくしゃくしゃにしたようなシワと凹凸の深い顔を持ち、身長は人の半分に満たない。
また、ゴブリンの生態はおよそ人のそれに近く、集団になって行動することもある。
例えば、戦闘においては前線で武器を振るう者、後衛から弓を射る者、ちょっと知恵のついたゴブリンがいれば魔術すら扱う者がいる。
個々の能力だけを見ればそこまで手強い相手ではないのだが、その小さな見た目に違わぬすばしっこさと連携は中々のものだ。
集落ともなれば、相当数のゴブリンがいるのは明白だった。
この依頼の受注ランクは銀以上。集落の規模が大きいようで、複数パーティーでの共同討伐を推奨すると書かれていた。
自分には縁の無さそうな依頼だ、と視線を移す。
ざっと視線を動かすと、視界の端に他とは違う紙が見えた。
「これは……?」
手を伸ばして確認すると、掲示された依頼書の裏に隠れるように一枚の依頼書が張られていた。
張り出されたまま誰も受注しなかったのか、端が所々少し破けている。
なんとなく気になって内容を確認すると、薬を作るための薬草をとってきてほしいという依頼だった。
ハンターなんてものが存在する以上、怪我人は日常的に出ている。つまり常に薬不足なのだ。
治癒魔術も存在しているが、魔力の殆どを攻撃魔術や身体強化、生活魔術にあてているので多量の魔力を消費する治癒魔術をあえて使うものは少なく、意外にも需要は高かった。
この手の依頼は掲示されない時期が無いと言っても良いほどだ。草のままでもきちんと保管しておけば長持ちするため、量を抱えて困ることも無い。
幸いなことに受注ランクは青銅以上。つまり初心者から受けられる依頼になる。
「残り物には福があるっていうし。これにしてみるか」
薬草の採取程度ならば依頼というのがどんなものなのかお試しで受注するには丁度良いだろう、と依頼書を剥がしてケレーネのところに持っていった。
「試しにこの依頼を受けてみようと思います」
「承りました。内容は……薬草の採取ですね。随分古い依頼書のようですが、掲示されていたのならば問題無いと思います。指定された薬草はご存知ですか?」
「あっ、そういえばどんな薬草をとってくればいいのかわからないです」
「ではこちらに薬草の絵も描かれた資料がありますので見ていってください」
ケレーネが持って生きた分厚い本には、色々な草花の説明がその絵と共に書かれていた。
目的の薬草を記憶にしっかりと刻み込んだ要は、早々に依頼を果たすべく外へと足を向けるのだった。




