第七話 喰われちまう
眼を閉じる。
暗くなる。
その薄暗い中から何かが現れてくる。
それは眠りが深くなるにつれてはっきりしてくる。
武器をかざして襲ってくる?
口が裂けていて呑み込まれそうになる?
そんなことを連想しながら、まず彼女は食堂にエレベーターで降りていった。
ガラーンとして誰もいない。
地下食堂の厨房も深夜のまま。
完徹しているせいだろうか、時折自分がすーっと眠りの中に引き込まれてしまいそうになる。
両眼を強くしばたく。
あくびをこらえる。
「お腹すいた」という子供たちの要請を無視するわけにはいかない。
けれどいまから冷蔵庫を開けて何かを作る余裕はなかった。
おそらく大量の肉ジャガとかシチューを作る予定だったのだろう、前夜から解凍中らしい肉の塊がポリ袋に入ったままデーンとあるが、そんなのはパス。でもその溶けかかっている肉の塊が、前日までの平安を示している。
水音。
ポターン、ポターンと落ちている。
引き込まれそう。
閉めようかどうか迷った。
こんなときに水道の蛇口を閉めるか閉めないかで迷ってる自分が遠く感じられる。
一階に戻った。
そこにもまったく、ひと気がない。
しーんと冷たく静まり返っている。
もう一度確認するように腕時計を見た。
朝の七時十六分。
出勤時間なのに誰もいない。
誰も来ない。
何も動いてない。
いつもなら早くも外来待ちの老人たちでエントランスや廊下は埋め尽くされているはずなのに。
誰もいない。
彼女視線。
カメラが移動していくみたいに、おれもそれを眺めている。
ちらっと見かけた病院内部の案内掲示。
なんだろう。
何か見かけない表記がされていたような気がするが、彼女はそんなの気にかけていない。
おれの知ってる病院とは同じ病院なのに構造がかなり異なっている。
本棟の他に別棟があって、士族棟とか書かれている。
「シゾク棟も駄目です!」とか誰かが叫んでいたあれか?
士族って、なんだよ。
それと大廊下の天井からぶら下がっている大きな矢印付きの掲示。
「式紋検査室はこちら」
式紋?
そんなの知らねえぞ。
でも、彼女にとってはいつもの光景なのか、そのまま駆けるように通り過ぎてしまってどこかへ移動していく。
トイレはヤバい。
トイレはヤバい。
なんとか見ないようにしてやり過ごした。
えっ?
こっちではロッカーは地下になってるわけ?
そちらに気を取られた。
広大な、地下駐車場みたいな、体育館のようにに広い場所に、各エリア表示なのだろうか、その向こうの隅がいきなり緑色に点滅して、どうやら彼女が身につけているIDに反応しているようなのだ。
場所表示だろうか。
向こうじゃ男性看護師なんか少なかったから、専用のロッカーはなくて、倉庫みたいなダンボールだらけの片隅をロッカー代わりにしていたおれとは大違いだった。
ここにも誰もいない。
ひっそりと静まり返っていて無人。
女は真っ白なロッカー群の一角へ急いでいる。
「生物兵器? 毒ガス? 眠っていた方たちだけに生じてるんだから、そういうものではありえない」
これが攻撃だとしたら……
これが攻撃だったとしたら……。
……いったい、
いったい、
なんなの?
そしていきなり、それまで溜まっていたフラストレーションを吐き出すみたいにして、叫ぶように口にしたのだ。
「……どいつも、こいつも、……わたしを含めて、いったい何やってたの!」
「いままで、何やってたの!」
誰に八つ当たりしてるのかわからない。
ロッカーの表面に首からぶら下げたIDを、彼女は強く当ててロッカーを開ける。
その中に素早く手を入れ、ぶら下がっている私服の黒いダウンを取り出す。
それに手を通す。
右ポケットから奇妙な形のスマフォを取り出した。
誰からも着信はない。メールも何もない。
いちおう再びロッカーに施錠して離れる。
メールがない。
その意味するところ———。
急いで検索した。
ほとんど何もヒットしない。
TLは閑散としている。
「何か起こったみたいだけど、何が起こったんだ?」みたいなものしかない。
そして、意味不なカキコも。
『変成まで現れた』と言っているのだ。
変成?
『喰われちまうぞ!』
『早く逃げろ』
『どこへ?』
喰われちまうって、なんだよ。




