第七十二話 未知へ その3
死斑の縁。
皮膚下の毛細血管の血が凝固しただけのはずなのに。それが何か文様みたいなものとなっている。
しかも、あらゆる死体に。
紫褐色に沈んだ皮膚境界線に、まるで微かな粉を撒いたような、淡い灰色のにじみが生じているのだ。
菌糸に似ていた。
だが湿り気はなく、盛り上がってもいない。
皮膚の上にあるのではない。
皮膚下でもない。
皮膚そのものが変質しているのだ。
別の御遺体にもとかすみさんが震える声で告げてきた。
「もうゾクゾクすぎてぇ、何がなんだかわからないですよお」
呼ばれてアンジュが行ってみると、こちらはより複雑だった。
複数の線が組み合わさり記号のような形を成している。
そしてやがて、
そこにも菌のようなものが現れはじめたのだった。
皮膚の表面から微細な粒子が滲み出てきている。
それは胞子のようでもあり、数式を板書したときに降るチョークの粉のようでもある。
そこに、患者さんたちに装着したままになっていたバイタルの信号が、いきなり復活したのだ。
「ピピピピピ」
「ピィーーーーーーー」
静寂の中で、その音が四方八方から急激に湧き上がってくる。
「ひゃあああああ!!」
かすみさんが悲鳴を上げて腰を落とす。
(バイタルサイン復活?)
いったいなんだというのだ?
死亡していることはもう充分すぎるほど確認しているのに、なぜ機器がバイタルサインを送ってくる?
*
思わず見てしまった。
死体に湧いたそのチョークの粉のような粒子が、ふっと気まぐれみたいに宙に浮き上がる。
窓からの風によって床に落ちる前に隣の死体へと吸い寄せられていく。
吸い寄せられていく……。
皮膚に浮かんだ符号。
タトゥが刻まれていくようにどんどん増えていく。
それに気づいた瞬間、
大部屋の空気がわずかに、
しかし確実に、
ギッと歪んだ。
ギギギ
ギギギギギ。
符号が次第に連結されていく。
個々の遺体を眺めるとそれは断片。
でも少し距離を取ると———。
巨大な数式に似たものが形成されはじめている。
「……これはいったい何?」




