第六十九話 別れ その2
「やっぱさ、納得できないから」
車を見送ったら、今度はチャリにまたがった二人が現れた。
ミーちゃんとケンさん。
「駐輪場」
ミーちゃんはママチャリみたいなピンクフレームの自転車に乗っている。
「止めたんすけど聞かないんですよ」
ケンさんも籠つき荷台ありの自転車に乗ったままぼやいている。
「世界が終わろうってのに、窃チャリですからね。おれのカルマって、ずっとこうなんですよね」
「あんたたちには感謝してる。だけどさ、やっぱ見捨てられないのよ」
ミーちゃんはずっとアパートのことを言っていた。
「まあさ、ニャンコたちは出たり入ったり、ジェイルブレイクの達人だから自分でなんとかするかもなんだけどさ、どうにもならない子だっているわけじゃない? それ考えちゃうとさ」
そこまで言って言葉を呑み込んだ。
ミーちゃんとケンさんのチャリの籠には、どこから見つけてきたのか、でかい金槌とかドライバーが入れてある。
「あの子たちはさ、窓を叩き壊せばOK。あとは自分で脱出できるわけだから」
「片端からやるんですか?」
「とりあえずそれでやってみる」
なんだか使命感に燃えたスーパーガールみたいな表情になってそう言う。
「だって、どこに猫がいるか」
「わかんない。そうですよね? 登録もしてないし。だから止めたんすけど」とケンさん。「おれっていつも、巻き込まれるカルマなんですよね」
「片っ端から窓ガラス叩き壊しちゃえばいいのよ」
「食べるものは山ほどあるわけよ。人間みんな死んじまったわけだしね」
「強盗になっちゃうよって止めても聞かないんですよぉ、こいつ」
「コンビニとスーパー襲ってさ、なんとか入り口こじ開けたりして中を開放してやれば、あの子たち、自分でなんとかするから。……きっと、なんとかするから」
「頑張ってくださいね〜!」
ミーちゃんと妙に気が合ってしまったかすみさんが弓を振り回して別れを告げる。
「わたしも、考えてみたら、弓に弦張ってなくて、馬鹿ですよねえ、どっかのハンティング店、襲うかもですから」
妙にウキウキしちゃってそう言っている。
「そのときは呼んでね」
ミーちゃんが呼応する。
そうか、こっちでは銃砲店の代わりにハンティング店とかいうのがあるのか。
確かにそこなら何か武器があるかも。
「また会いましょうね〜」
「生きてたらねえ」
*
アンジュの表情だけが、どんどん、さらに深刻さを増して険しくなっていくのを、おれは感じていた。
そういう部分だけが、なぜか強く感じられるようになってきたのだ。
獣人兵との格闘を経てさらに深まったように感じる。
予測できたのよ、とあのときふと漏らした言葉。
「自己正当化はしたくないんだけど、わたしたち甘過ぎたのかもしれない」
去って行くひとたちの後ろ姿を眺めながらアンジュがふとため息のように洩らす。
「仕方ないさ、こんなことになるなんて誰にも予想できない」
貝矢が優しく慰める。
「でも、あなただって知ってるわよね? 交渉決裂した後のこと」
「少しは」と貝矢は遠い眼をしたままうなずいている。
「おれたち諜報部が裏からお膳立てしたんだしね」
「だったらわかるでしょ?」
この世界の女たちは、十九歳の若さでバリバリの軍人と渡り合う?
それほど早熟なのか?
鹿子明日香もメガネを掛けたチビっ子中学生なのに妙に大人っぽいし。
それとも向こうの世界でも女性ってひとたちはそうなのか?
おれがいままで知らなかっただけで。
未知の女性新大陸が開けてるとか。
……それは、ないか。
わからない。
貝矢は太い首を微かに傾け、庇護するような視線でアンジュを見ている。
「でもそれは、きみの責任ではないよ」
繰り返し、そう念を押すように言っている。
アンジュの生まれの背景を、ある程度知っているのかもしれない。
アンジュの肩に逞しい腕をそっと回した。
(おいおい。それっておれもコミになっちゃうんですけど)
美女と野獣というより美女とランボー怒りの脱出だ。
大規模ハッキングを難なくやりおおせたことで、貝矢の株がさらに上がっている。
(なんだよ、イチャイチャしやがって)
(触るな! いやらしい)
おれだってな、数兆だか数百兆だか知らねえが、三日間かけて広大なパラレル宇宙を渡ってくるんだ。もしかしたら以前よりずっと逞しくマッチョになってるかもしれない。
いやいや超イケメンに美顔パックされてる可能性だってある。
ワクワクなんだぞ。
いまに見てろよ。
まだこちらに来て二日。
いや、もう三日目になってしまった。
ああ、待ち遠しい。
外は朝。
もうすぐ昼。
おれの体はいま頃パラレル宇宙のどの辺りをうろついているのかと思うと気が気でない。
とにかくこちらの日本というか、環太平洋王国は万策尽きていた。
電力などのインフラがどうなっているのかも全然わからない。
病院には非常電源があるけどそれだっていつまで持つかわからない。
そんなとこに転送されて来たって、いったいこのおれに何ができるというんだ?
そのときいきなり、何かを決意したみたいにアンジュはおれに向かって告げたのだ。
はっきりと、意識だけのおれに内話してきて告げた。
「あたしたち、悪魔になるのよ」と言ったのだ。
「徹底的に悪に徹するの。でなきゃ、救える命も救えない。魔国にはとても太刀打ちできない」
悪魔に?
なる?
リス野郎みたいに?
*
貝矢一尉を加えて再び脱出の手順が検討された。
佐山と内田やミーちゃんたちが問題なく去っていけたように、避難民ならば干渉は入らない。クラスタリングされてない。
ということは、やはりアンジュ本人がターゲット?
「わたしが最後まで残る。わたしがここにいる以上、ターゲットはそのまま。でしょ? みんなは分散して車で基地へ避難して」
「きみを置いてはいけない」
「大丈夫。わたしはまだここにいなきゃいけない理由があるの」
貝矢にはまだおれのことは打ち明けてなかった。
そうしているところへ、唐突にあのときを迎えたのだ。
おれにとって、決定的な、あのときを。




