第六十七話 実行 その2
計画はこうだった。
システムをハックして防犯設定を書き換え、大半の命に脱出のチャンスを与えること。
「チャンスぅ?」
最前列に座ってしまったミーちゃんがまず反応した。
どうやら彼女は逞しい貝矢一尉に興味があるようで、ケンはほっとかれたままミーちゃんだけが張り切っている。
「いろいろ制限時間内で検討したんですけど、それしかないんです」
貝矢は強調していた。
厳重な檻のようになっている彼らのマイホームの扉を開けられるようにして、外への通路を確保してあげる。しかし、それぞれのその後は?、というかエサや水などは、自力で漁って探してもらうしかない。
「チワワに?」
「……それしかないんですよ」
それまで黙っていた明日香が顔を上げた。
「正解が存在しない問題を、みなさん必死で解こうとしているんですね」
参戦してきた。
国が消えた。
だからこれからは犬や猫も自力で生きていくしかない。
「世界って、解くために作られてないですから」
「なんでもあり〜〜」
*
まず一軒家の場合。
スマートホームの脆弱性を突くということからはじまった。
一軒家はマンションのようにひとつのサーバーで繋がっていないため、ハードルが上がる。
しかし、スマート家電・スマートホームのブームで、国の積極的な奨励もあり、電気・ガス・戸締まりを一括管理する「スマートホームシステム」が普及している。
「そこですよ、そこを狙うんです」
ソジュンの言い方がだんだん銀行強盗みたいになってきた。
「面白そ」
明日香が秘密の笑みを洩らす。
つまり、各家庭を個別にハックするのではなく、その地域一帯のスマートホームを統括している通信キャリア、または電力会社のクラウドサーバーを狙うということになる。
ここをハックし、次いで地域全体の家々に「火災警報モード」を強制送信する。
「なるほど」
貝矢一尉も感心している。
「あんた、犯罪者の素養あるよ」
「政治家志望です」
一軒家の物理的な開錠メカニズムは、火災モードになると、家自体がロボ化し、生存者の救出や避難のために、玄関の電子錠が自動的に解錠される。
「え? 向こうから開けてくれるの?」とミーちゃん。
「火災モードというとこがポイントなんですよ」
「内部で火が上がっちゃったわけね」
「そういう誤情報を入れたらどうなるか、ということなんです」
「なるほど」
ドアだけでなく、さらに窓の電動シャッターや電動天窓が自動で全開。
または換気のために隙間が開く。
「ここが、犬猫の脱出口になります」
「開けるだけ?」
「そうです」
「ほら、やっぱり正解じゃないでしょ?」と明日香。
「それでもなんとかしてきたのが人類じゃないですかぁ」
さすがに山夜ソジュンも明日香に頭にきている。
ところが明日香は全然平気。
メガネを指先で押し上げながら「わたし、感情のアップデート遅いんで、空気読めません」
高校生と受験生のの口論になった。
(いやいや、おまえたち優秀だよ。おれなんか中学の頃、どうしたら女子の更衣室覗き見できるかとか、そんなことばっか考えてたもんな)
とにかく、なんだかよくわからないが、
王国AIが助けてくれることで可能になるかも、とアンジュは考えているようだった。
自分の血が初めて役に立つかも、と。
もちろん普段はそんなことはできない。
だが、いまや認証システムの最高命令が書き換えられているために、アンジュの血のDNAがその代わりのパスワードになっているから、衛星を介した日本全土一斉開放執行も可能となるようなのだ。
(えっ、ミサイルないのに衛星はあるの?)
あるのだ。
電磁レールとかいうやつを使って飛ばすらしい。
驚くことばかりだった。
「つまり、政府が失効し、法律も王権も失効してしまった例外状態となったために、通常なら違法であることも、成せるということになるの」
「無法状態なんですか?」
「例外状態なのよ」
「ほらあ、なんでもありじゃないですかぁ」
二日酔いのかすみさんまで別の意味で生き生きとしてきた。
*
マンション群の場合。
衛星を介して開けられたバックドアから侵入する。
地区内の各マンションのMDF室サーバーに対して、管理者のフリをして一斉ファームウェア・アップデート、つまり偽のシステム更新をかける。
これが始まりだった。
電源喪失してクオンタムがダウンする前に、これだけはやっておかなければならない。
「時間との勝負」
「なんだかワクワクしてきましたねえ」
「ほんとに銀行強盗でもできちゃう感じ」
「金塊だって簡単かもですよぉ」
「造幣局侵入とか」
かすみさんとミーちゃんは意外に気が合うみたいで、勝手に盛り上がってる。
システムハックすることにより、全マンションの防犯壁を数分間だけ強制的に無効にする。
そして、偽の複合災害シグナル。
「単に鍵を開けろという命令だけでは、各部屋のスマホアプリや個別の認証が必要で弾かれる恐れがあるんですよ」
ソジュンが説明する。
「そのため、スマートホームの仕様にある人命最優先のための強制上書き、オーバーライド機能を悪用するんです」
「悪用」
「ゾクゾクするぅ」
三つの偽データパケットを同時に生成し、MDF室から各部屋の制御盤、スマートHUBへ一斉送信。
震度8の縦揺れを検知したという偽の信号。
「……災害トラウマのある方たちには申しわけないんですけどね」
「例外状態だから」
「なんでもありなのね」
マンションのシステムは、構造歪曲と呼ばれているドアが歪んで閉じ込められるのを防ぐため、自動で全戸の電子錠をパチンと「自動的に解錠」するようになっている。
「それを利用するんです」と貝矢。
「人類はなんでも利用してきましたからね」と、ソジュン。
それからバネの力でドアを数センチ浮かせる。
「館内で火災、または有毒ガス発生」のダミー信号を送る。
煙を外へ逃がし、各部屋への逆流を防ぐため、24時間換気ファンを「最大出力の排気モード」に強制固定する。
「中から外への強風を作り出すんですよ」
「人工台風〜」
オートロック解錠。
消防隊進入口開放。
バーン。
全開。
大型犬も出入りできる出口が確保できる。
避難誘導モードへと移行させ、エントランスの自動ドア、非常階段の電子セキュリティをすべて常時開放、フリー通行できるようにする。
「これで、自力歩行できる犬や猫の脱出経路が確保できます」
「やった、やったあ」
「……実行します」
ソジュンが微かに震える声で厳かに告げた。
どこかに移動したわけではない。
医局のパソコンを利用してやっているだけなのだ。
ほんとにそんなこと可能なのかよ。
誰もが思うだろう。
ん?
なんにも起こんないぞ。
「窓を開けてみてください」
「窓?」
「確認しますから」
二重になっている窓を開け放つとビーッという騒がしい音が周囲からなだれ込んできた。
近いのもあれば遠いものもある。
「ビーッ!ビーッ!大地震です!」
「火災が発生しましたあ!」
非常警報のサイレンや、換気ファンの爆音が遠くの市街地からも渡ってくる。
向こうの世界の八王子でも、よく訓練で聞いた。
「地震なんか来てないじゃん」
「だから発生させたんですよ。システム的にね」
そして、ハッカーの最後の作業だった。
エンターキーを押す。
プログラム実行。
「どれどれ」
ケンさんが窓から顔を出し、どこから見つけてきたのか双眼鏡を手にしたミーちゃんが覗いてみると、ガチャン!という重い金属音とともに、眼下の地区内の何十棟ものマンションのエントランスが開いているのが見えるという。
「すごい、すごーい!」
「やったぁ、ゃったぁ」
二十四時間換気ファンの気圧変化によって、各部屋の玄関ドアも「バババババン!」と連続して内側から外へと押し開けられているはずだ。
出口が与えられた。
それが精一杯だった。
みんな、頑張れ。
頑張って生き抜け。
「ありがとうございましたあ!」
ソジュンが感激してウルウルになっている。
キュルルン、キュルルン。
肩の上のキュル子も喜んでいる。
「あたしたち、すごくない?」
かすみさんとミーちゃんがハイタッチ。
そこへあの学生の佐山と内田が現れて、もうパリピ状態。
明日香はまた受験勉強に戻った。
アンジュは逆に打ちひしがれていた。
全部は救えないのだ。
古い団地やアパート、民家にいる子たちはどうしようもない。
籠の中の鳥、水槽の魚、ドアの隙間から出られなかった子たち。
救えるはずなのに救えなかった命……。
「きみの責任じゃない」
貝矢が優しくアンジュの肩を抱く。
「責任があるのよ。よく飼い主の責任って言うでしょ? 統治者って、それなのよ。だから責任がある。その子たちに、国民に、責任がある」
「でもきみにはどうしようもないだろ?」
「どうしようもないから、腹が立つの」




