第六十五話 もうひとつの脱出 その2
いったいこの八王子だけで何匹のペットが飼われているのか。
東京では?
日本では?
王国全体では?
ペットなんていう言葉はあまり好きではないけれど、彼らだって、いまこのときも生きている可能性が高い。
けれど、できることといえばこの病院の窓から眺められる郊外マンションとか一軒家のドアをハンマーかなんかで叩き破って、中にいるかもしれない動物を救えるのみ。
それだって時間がかかるだろう。
侵略されているのだ。
敵が眼の前に現れそうなときに、ペットたちの救出?
デッドロックだった。
気がついただけではどうしようもないことなのだ。
さすがの貝矢一尉も腕を組んだまま考え込んでしまっている。
「どうしようもないでしょう? みなさん。そんなこと忘れて、まずは我々の身の安全を図るのが……」
痩せて色黒の磯部だけが勝ち誇ったように医局の全員を見回している。
「お国の存亡なんですよ、みなさん。ここはやはり大局を考えて、ですな」
実際、脱線だった。
自分たちの安全さえ確保できていないというのに、ワンコ、それも他人のワンコの心配をする義理がどこにある?
「猫も忘れないでよねえ」
「ウサギも可愛いですよ」
かすみさんまで参戦してきた。
「飼ったことあるの?」
「田舎が山里なんですけど、いっぱいいるんですよぉ。ヤギまでいますから。ヤギの子、知ってます? そりゃあもう」
ほとんどカオス。
動物が嫌いとか関心がないひとたちなら、そういう人間に完全依存している「ペット」と俗称で呼ばれる小動物たちが悪い。おまえらだって自力で生きろとか勝手に口にするかもだけど
(自分のことで精一杯のおれも幾分そういう気味はあるのだけど)、
彼らをそうしたのは人間の方であって、そのかわいらしさ、愛らしさに癒やされてるのも人間の方なのだ。
それがこういうときだけ、勝手に生きろ、生き抜けというのは勝手すぎやしないか?
というのもまた一理ある。
ジレンマだった。
*
まだ使えるネットで試しにアンジュが調べてみたところ、動物の種類によって飲まず食わずで耐えられるタイムリミットは驚くほど異なることがわかった。
小鳥。
インコとか文鳥なんかは水がある場合で一日から二日。水が切れているときは半日から長くて二十四時間しか持たない。鳥は代謝が高くて脂肪をほとんど蓄えられないために、わずか一日でも彼らのエサを切らしただけで低血糖で死んでしまうらしい。
では、ハムスターはどうか?
水があれば三日は持つ。ない場合は、小鳥と同じように脱水状態にすぐに陥ってしまって二日が限度だという。
猫は?
水ありでは五日。ない場合はぎりぎり三日。さらに水があった場合でも、絶食が三日もつづくと体内脂肪を急激に分解しようとして肝臓に負担がかかりすぎる肝リピドーとかいうものになって速攻危篤状態になってしまうらしい。
「……ヤバいじゃん」
情報供給したミーちゃんが長い付け睫毛の厚化粧を崩して表情を曇らせる。「知らなかったよ、そんなにもろいなんて」
チワワやトイプーは水ありで五日。
でも脂肪が少ないために犬の中では最も早く限界が来て、持っても三日。
ラプラドールとかの大型犬は水ありで十日。
水さえあれば二週間ぐらいは生き延びられる可能性があるという。
ただ、その子が老齢の場合は半分以下の時間で手遅れになる。
「つまり、もう一刻も猶予はない、というわけね」
どうするか?
人間の救出と脱出が先だということははっきりしている。
自分たちの安全だって担保できていないのに動物の心配をしている場合ではない、というのも道理だ。
でも———。




