第三章 愛と魔法と皆殺し 第五十四話 王位継承
叫び出しそうになって眼が開いた。
思わず顔に手をやる。
ジイさん医師の木村が「大事な身なのに、なぜこんな危ないことを」と嘆きながら仮処置してくれた包帯と絆創膏。大きな手術は必要なかったが獣人兵から加えられた鈎裂きの傷跡が生々しい。
全身のあちこちが痛む。
白い患者衣を着せられている。かすみさんが震えながら全身の血を拭き取り、きれいにアルコール消毒して着替えさせてくれたのだということをおれは知っている。
「応援できなくてごめんなさい」と繰り返していた。
かすみさんも手一杯だったのだ。
久しぶりの弓を取り、サヤカやマスコを隠し生存者全員に身を守るように告げ、屋上からの出入り口に自分は立ちはだかるようにして、ずっと矢を向けていたみたいなのだから。
「わたしだって北欧エルフの末裔ですからね。ヴァイキングエルフなんですから」
危ないとこだった。
ゲームだったらとっくにリセットしてるところだ。
そのぐらい屋上での攻防は紙一重だった。
*
紙一重。
もしかしたら負けていたかもしれない。
それはアンジュがいちばんよくわかっていた。
そして、それが、アンジュを憂鬱にさせていた。
先鋒の獣人兵でギリだったのだ。
ボスキャラが出て来たら、いまの自分ではとても太刀打ちできない。
———とにかくそうして、夢とも記憶ともつかない曖昧な気分のまま、アンジュは覚醒めた。
「……わたしの脆弱性は?」
眼を覚ましたと思ったら、端末にまず訊いている。
「想像以上にありますね」単刀直入にAIは告げる。
「やはり」
「あなた様は殺す訓練を忌避していますから。そこに隙が生まれる。おわかりになってますよね? まだ子供の頃」
アンジュは答えない。
(この世界では、子供のときから「殺す」訓練をする? まさか)
「武家の統領になるための訓練でした。あなたはそれを忌避した」
それも無言。
「それだけの腕がありながら、相手を傷つけることは嫌だとおっしゃって、頑なに拒んでいた。だから、刀は使えても、斬る、ということを知らなかった。そうですよね? 相手を殺すということが、どういうことか」
「……だから?」
「闘うことと殺すことは、雨と虹のように違います。雨は常に降る。訓練できるのです。でも虹はそうではない。まして、直接殺すのと間接的に殺すのでは天と地ほどの開きがあります」
達人のようなことをAIクォンタムは言っている。
殺すことが虹?
おれはまだこの世界の倫理観というか、そういうものをわかっていなかった。
なぜ悪学なんていうものが存在するのかということを。
「……真剣勝負だったのよ」
「だからこそ、わかるのです。立ち合いとは本来、命の奪い合いですから」




