第四十七話 一千年
そのようにして混乱を引きずりながら息抜きに出た屋上。
「時間をかけてって、どういう意味?」
アンジュは再び通信核AIに訊いている。
脳があのように内側から地雷踏んだみたいに破壊されていることについてだった。
「これほど大規模なハイブリッド魔術は、そういう下地というか準備段階が充分なければ成立しないのではないかと考えられますので」
「……そう」
「何か、周到で、なおかつ暴力的な事象が絡み合って、一瞬にして司令塔である脳が破壊され、断裁された。そのようにみなされます。抽象的で申しわけありません」
AIでも抽象的にしか言えない何か。
周到に計画された巨大な暴力。
でも、そんな時間が魔国側にあっただろうか。
つい少し前までは表面的にも友好状態が保たれていたのだ。
「その周到な準備、というのはどのくらいの時間と想定されるの?」
アンジュがたずねる。
回答が出てくるまで少し時間がかかった。
そしてその回答は驚くべきものだった。
「……最低でも三十世代」と、AIは告げてきたのだ。
「三十世代? つまり千年以上、ってこと?」
「もっとです」
「そんなに前から」
さすがにアンジュも首をひねっている。
そんなに以前だと、体制だって全然違っていた。
人々の暮らしも、生活ぶりも。
*
「触れたくないことでしょうけど、実際に生じたことを直視してください」
とAIは告げた。「生まれたばかりの嬰児、赤ちゃんの脳まで破壊されているのです。その意味をお考えください。生まれて間もない、まだ保育器に入っている赤ちゃん。その子たちにどうやって工作できますか? 仕込めますか? 出来ません。不可能なんです。なぜなら、それ以前は母親の胎内にいたわけですから」
「…………」
アンジュは唇を強く噛んでいる。
AIが指摘していることが腑に落ちたのだ。
おれにもわかった。
母親を通して、それは仕込まれたということだ。
そんなことが可能なのか。
可能だとAIは答えた。
*
「例があります。2024四年に行われた法医学解剖による研究では、対象者の脳組織1グラムあたり最大4800マイクログラムのマイクロプラスチックが検出されました」
プラ?
「そうなんだ」
話の先が見えない。
「これは、脳の全重量の約0・5パーセントに相当するという衝撃的なものです」
「だよね」
それはおれも向こうの世界で知っていた。
一時期、医療関係者の間でも話題になっていたから。
「で、その主な侵入経路ですが、呼吸、食物、飲料水の摂取を通して体内に取り込まれ、血流に乗って脳に到達し、蓄積されたということが示唆されます。特に小さなプラスチックは細胞膜も通過しますから」
「……どういうこと?」
「子宮内の子は、母体がエネルギー供給源だ、ということです」
「マイクロプラがこれを用意したっていうの? そんなのペットボトルで飲めば摂取されちゃうじゃない」
「それは、喩えです」
AIはつづけた。「もし、マイクロプラスティックが脳に貯まるという性質を利用して、それを起爆剤にできるようなことができれば、ということです。マイクロプラの摂取は日常、しかも長い時間をかけて行われているわけですから」
「でも一千年も前にはペットボトルもマイクロプラもない」
それはこちらも同じだろう。
「……つまり、それ以上の長い時をかけて、人体に仕込まれたものが他にある、ということ?」
「前提として、そのように推定されるということです」
「それは何?」
「もちろん、プラではありません」
アンジュはうなずく。
「試料が少なすぎてまだ分析できませんが、もし高性能な分析機器で直接サンプル解析できれば、もう少し詳しいことがわかるかもしれませんが」
「その分析機器はこの近くにある?」
「相模原基地に対生物兵器研究所が隣接されています。あるいはそこに持ち込めば、もっと詳細が判明するかもしれません」
親子三代から四代、百年以上、もしかすると一千年に渡って仕込まれた可能性があるものが、脳爆発の核になった可能性がある。
むろん、百年前に超微粒子のマイクロプラなんて存在しない。
では、何なのか?
それが、脳という密室の死因?




