第四十三話 巨大族
———で、解剖だった。
五時間ぐらい前になる。
忘れたくても忘れられない。
ほとんどトラウマ。
病院に隣接している付属医科大学の地下にアンジュたちは降りた。
そこは大学の地下空間というより、ひっそりとした広大な博物館みたいな感じで、そう思わせているのは、メタリックな広大な空間の向こうに、なんだかわからないマンモスの骨のようなものが幾つも陳列されているからだった。
(こちら側の解剖室って、こんな感じなわけ?)
初めはそう思った。
解剖室。
深海の底みたいに、ひんやりしたステンレスの解剖台が天井の照明を反射して光っていたのだ。
ちょっと驚いた。
まあ、いくらパラレルといっても多少異なっているのは当たり前なわけで、いままでもいろいろ細かいとこで違っていたけれど、これは意外だった。
解剖室と博物館が、なぜか同居しているのだ。
そうとしか思えない骨というか、おそらく古代に存在したのだろう恐竜とかの骨みたいなものが幾つも壁際に陳列されていた。
しかも体育館みたいに広い。
解剖室って、もっとこじんまりしていて隠微じゃなかったっけ?
アンジュはそのときまでは張り切っていた。
やったことがない解剖に張り切るというのもおかしなものだけれど、解剖すれば何かがわかるかも、そういう希望があったから。
髪をうしろで、きつくきつく結んだ。
全国大会の試合に臨むみたいにして。
肩まで届く長い髪。
中学を卒業するまで、おれの神だった向こうの姉は剣道二段だった。だから髪を結ぶのは慣れていた。
中学生で二段というのはすごいことで、その年令では最高位。もしあんなこと(スキー場のバイトで疫病に罹患しなければ)剣道で身を立てていたかもしれないほど才能があると言われていた。実際、竹刀振り回していただけのおれとは大違いで、北海道では「美少女剣士」で有名だったのだ。
きりっとして、
すくっとしていて、
木刀をすらりと持って立っている姿は、ほんと、弟のおれでもほれぼれするほどだった。
おれだって姉のあとを追うようにして剣道やったけど、あの面の臭さに閉口するだけでちっとも腕が上がらなかった。やる気もなかったけど。
で、こちらのアンジュだけれど、髪をきりっと後ろで結びながら、希望と同時に猛烈に怒っていたのだ。
「こんなことが、魔術であるはずがない!」と。
激オコしている。
そうか、アンジュはこれに魔術師とかが関わっているとみなしているのか。だからどうしてもそのタネというか、仕掛けを探ろうとしている。そういうわけか。
しかしこれって、ほんとに魔術なのか?
大量死なんだぞ。
*
「うろ覚えですけど」
そう断りながら、医学生先輩の佐山が壁のボタンを押すと、ジーッと音がして壁の中から解剖セットの用具がきちんと収納されてせり出してくる。
そこに収められたそれぞれを彼が説明する。
これは鞘入剃刀。
これは解剖球頭剪刀。
骨剪刀。
四爪鈎……。
忍者の七つ道具みたいな感じで、鋭く光ったやつが整然と並んでいる。
「こっちが、人間用ですね」
何言ってんの?
「で、こっちは巨大族」
その横のボタンを押すと、でかいタンスがそのまま出てきたのかよという感じで壁全体が割れ、そこから箱というよりクローゼットみたいなのがズイ〜〜〜っと音もなく現れたのだった。
人間用と言われたそれは、つつましく箱の中に収まっていたが、ズイっと現れたそれは、ほとんど精肉解体業者のそれだったのだ。
普通の解剖だと刀やナイフタイプより鋏状の剪刀を使うらしいのだが、巨大族のそれは剪刀ではなくノコギリのように大きい蕃刀みたいなものまで使うことになるという。
確かに、日本刀や斬馬刀みたいに、ごついのまである。
アンジュは手に取ってみた。
まるで待ち構えていたみたいにすーっと掌になじんでくる。
あのときと同じだ。金属バットをコンビニの前でアンジュが軽く握ったときと同じように、刃自体が妙に光り輝いて生き生きとしてくる。
(巨大族って、なんなん?)
彼らはマジだった。表情でわかる。
(えっ? こっちではほんとに巨大族との争いがあったわけ?)
歴史改変どころの騒ぎじゃないぞ。
証拠も見せられた。
幾種類もの骨だ。
佐山が指差した先に、この日本に生息していた恐竜のものだと思っていた骨があった。
「巨大族のやつですよ。いまでも地下とか山奥に潜んでたのがたまーに出てくるので、標本になってるんですよ」




