第四十一話 カクテルはいかが?
———いま、やれること。
解剖のことはもちろんよくわからない。
けれど死に至る順序として、これほど急に起こったのだから脳か心臓に異常をきたしたのだろうということは想像できる。
それがどうなってしまったのか。
もちろん専門家でなければ無理なのだけれど、解剖だけではなくその前にもうひとつ手段があることにアンジュは気がついたらしい。
「病理って言ってたよね」
「はい」とツーブロック佐山。
「MRIは知ってる?」
もちろん。ロン毛の内田がうなずく。
「式紋共鳴ですよね」
「使い方は?」
放射線部とは直接行き来はないみたいだけど死因究明では同じなので、連携関係にあるようだとは聞いたことがあるという。
マニュアル見れば動かすことはできるかもしれない。
内田という彼が言っている。
考えてみればアンジュとは同年輩のはずだけど、彼らはずっと幼く見える。
「できますけど」
「けど?」
出てきた画像が何を意味するのかとなると、専門家でないと無理らしい。
「無駄だよ、無駄」
禿げかかっている頭をしきりに撫で回している咲坂さんはぐったりとうなだれたように首を振っていて、生涯独身で終わっちゃうのかなあとか勝手に黄昏れている。
すでに終了モード。
救急医の中町はどこに行ったのか見当たらない。
ひとり欠け、二人欠け、もうほとんど残っているものは少ない。
まだ「あのとき」からほとんど時間が経っていないような気がするのに、おれもすでに一生分のエネルギーを使い果たしてしまった気がする。
すでに霊だけど。
*
アンジュはリタリンを重ね飲みする。
超覚醒。
何かをせずにはいられなかった。
「……マジでやるんすか?」
学生たちは早くもビビっている。
エビデンス。
証拠が必要。
このまま放置して腐らせるままにしたら、亡くなった方たちに申しわけない。
アンジュはそういうとこは律儀だった。
こちらも同じ。
長いものには巻かれろができない。
(おれは普通に「巻かれる」ほうだから、そういうとこが一卵でも全然違う)
(ときどき理解できなくなる)
(そんなに突っ走ってしまってどうすんだよ?)
手分けしてランダムに、患者さんの御遺体をストレッチャーとエレベーターを使って運び、マニュアル通りに頭部と胸のMRI映像を撮ってみた。
一体ではなく、念のため三体も。
だがそれで出てきた映像を見ても素人には何もわからない。
ただひとつ、グノーシスなんたらとか言っていたロン毛サラサラ内田くんが奇妙なことを言い出したのだ。
頭部だった。
頭蓋はきちんとしているのに、なんだかその中身が変だと言う。
「ほら、去年もね、家族でハワイ行ったんすよ」と内田。
この世界にもワイキキがある。アロハオエとか。
「おまえんとこがカネ持ちなんてどうでもいいの」とツーブロック佐山先輩。
「じゃなくて」
「なんだよ」
「そんときにですね、パイナップルくり抜いてその中にフルーツとか酒とかドバッと入れて、ほら、かき混ぜるやつあるじゃないすか?」
「フルーツカクテルな」
「それを飲んだんですよ。プールサイドで、日焼け気にしながら。超うまくて、お代わりしちゃったんですけどね。わかります?」
「タメで、おまえ何が言いたいわけ?」
「それに、似てるんすよ」
「ん? 似てる?」
アンジュが首を傾げる。
内田が意味深な眼つきになってさらさら髪の間からこちらを見ていた。
「この影像が?」
「そうす」
頭蓋の形がパイナップルの皮で、その内側に本来ならフルーツカクテル、つまりきちんとした形状の脳の形があるはずなのに、それがない。
どうやら彼はそう言いたいようだった。
あまりうまく撮れなかったけれど、頭蓋部分はしっかり映り込んでいる。
それなのに、確かに三体のどれもが、その中身というか脳の、あの独特の形がカオスになっている。
まるでミキサーで撹拌したみたいに。
「どういうこと?」
おそるおそる頭蓋を開いてみるしかなくなった。
無謀なのは承知のうえ。
*
医局に戻ってアンジュは提案したが即却下された。
咲坂は勝手に悲嘆していて聞いてもくれない。
どうしたらいいのか。
今度は、その御遺体を三体とも大学構内の病理実習室に運んだ。
ところが、解剖すると自分たちから言い出したのに、二人とも途端にビビってしまって、頭蓋を割るなんてやったことがないとか蒼白になり、顔の前で白旗みたいに手を振っている。
「エエエーーーーーっ!! ほんとにやるんすかぁ?」
アンジュはおもむろにうなずいた。
「無理っす」
「同じく」
「どうやるの?」とアンジュはマスクした低い声でたずねた。
自分でも驚いていた。
(ほんとにやるの?)
「マジで? ほんとに、マジで?」
二人は眼が点になって、点が眼になって、ビビりまくって、アンジュを見詰めている。
カッコつけて言ってみただけなのに、そんなの想定外だという表情になっている。
「どうやるわけ?」
アンジュは一歩踏み込んだ。
地獄の奥に。
*
もし脳に疾患が発生していてそれがウイルスの巣みたいになっていたら、こちらもただでは済まないだろう。
防御服は完備していてそのままになっていたから使わせてもらった。
なぜだか、緊張した場面だからだろうか、
アンジュの気持ちが自分のことのようにダイレクトに伝わってくる。昔の一卵に戻ったみたいだ。
アンジュは自分でも不思議だった。
やると決めたら妙に恐怖感が薄れていったのだ。
用意されたナイフみたいなのや、ドリルなどの解剖の道具がイヤイヤながらも二人の手にによって用意されていく。
実家にいた頃、小さな牧場だったのだけれど、働きづくめだった母が老いてから病気がちになり、台所仕事は小学生の高学年のときから慣れていて包丁も普通に扱えた。
向こうの姉のことだけど。
ツーブロック佐山が言うには、まず髪に覆われている頭部の皮膚と肉を切り開かなければならないという。
「こんな感じにですね、切り分けるわけですよ」
自分の髪のツーブロックに分かれた部分を指差してそう説明する。
「それはできるよね?」とアンジュは静かにたずねた。
顔を歪めて「……まあ」としか二人は言わない。




