第四十話 戦巫女たちの一日
04:00
巫女たちが覚醒する。
魔国の王宮「沈黙の黒曜石」と呼ばれている巨大な城郭。
その別棟に黒衛処女メイデンと戦巫女専用の区画があった。
いわば独身寮のようなもの。
居住区は簡素でありながら、いっさいの私的な装飾を排したストイックな空間でもある。
その寄宿生。
戦巫女プリステスのキカとキキの覚醒は、アラーム音ではなかった。体内に埋め込まれた「重力結晶核グラヴィティ・コア」が放つ、極低音の微細な振動によって行われる。
振動は、キカとキキの骨髄を直接叩くように伝わり、深層意識を無理やり浮上させる。
「起きなさい」
叩き起こされるのだ。
身体の底から、否応なく。
——魔国の文法。
命令形。
キカとキキ。双生児の女子姉妹。
推定年齢は十三歳。
孤児だったために正確な生年月日はわからない。
二人は十三歳にして、すでに黒衛処女メイデン内、幼女部隊直属の戦巫女として、抜きん出た女性戦士となっていた。
キカもキキも共に、黒紫の髪。
すらりとした肢体。
長い手足。
幼少時より鍛え抜かれたボディをしている。
同じ年代の者には誰にも負けない。
男たちも寄せ付けない。
ここは、かつての修道院のような環境なのだ。
おまけに彼女たちは殺しの達人。
暗殺者。
二人はもちろん同じ部屋で寝起きしていた。
目覚め。
同時に、彼女たちの全身にぴったり張り付いたファントムスキン──皮膚と金属の中間のような黒灰の生体装甲が、わずかに脈動するような模様を浮かび上がらせる。
「起床」
装甲が二人の生体電流と同調し準備を整える初期段階のサイン。
キカはすくっと音を立てずに立ち上がる。
キキも鏡面反射したように同時に。
その動きは一対のヒューマノイドのようだ。
「おはよう」
「おはよう」
血色のない白く透明な肌。
眼の下の黒い儀礼ペイントは昨夜のままだ。
右目の金属光沢の銀虹彩が冷たい光を反射している。
紅のない、青黒く発色した唇。
*
10:00
執務。
日中、キカたちは王宮内の要所警護や、儀式的な護衛任務につく。彼女たちは王宮内の最も静かで、最も重要な回廊に黒く小さな彫刻のように立つ。
幼年近衛兵として。
移動する際も、彼女たちの動きは常に計算されている。
優雅さは権威の表れ。
任務中、彼女たちは最低限の言葉しか発しない。
必要な情報は右眼の素子を介した内部ネットワークを通じて、無言で交換される。
キカとキキは、外交使節団の通路警護につく。
すでに環太平洋王国の悲報が彼ら使節団にも伝わっていて、いずれも沈痛な面持ちを崩さない。
内心はどうだかわからないけれど。
そんなオルマン帝国からの使節団の人間も、キカたちの異様な姿に露骨な恐怖の視線を投げかける。
傍を通り過ぎた外交官の一人が、小声で通訳にたずねるのが聞こえる。
「あの女の子たち、なぜあんなに……血色がないのだ?」
通訳は答える。
「彼女たちは、魔国の守護者です。彼女たちの命はすでに皇帝に捧げられています。ですから、感情も、熱も、彼女たちには必要ありません」
キカとキキは、その会話を聞いている。
にもかかわらず、いっさい反応しない。
二人の銀虹彩は、まばたきひとつせずに虚空を凝視しつづける。
*
19:00
食事。
夕食は個室でとる。
彼女たちの食事は、栄養効率のみを追求したもの。
味気ない。味など関係ない。
そして食事中も、部屋には微かに「グラヴィティ・コア」の低音の重みが響いている。修道院に似た、強いられた孤独。
キカたちは、ほとんど誰かと会話することはない。
無口も強いられている。
食事の時間は、一日の中で唯一、ファントムスキンを脱ぐことが許される時間だけれど、その裸身もまた、無駄な脂肪がなく、鍛え上げられた彫刻そのものだ。
どこにも無駄というものがない。
裸で食事も強いられている。
*
22:00
就寝。
夜が深まり、彼女たちは就寝の準備に入る。
キカとキキは、全身の生体装甲に外部電源を接続する。下半身を走る黒い生体ケーブルは、彼女たちの身体を休ませるためではなく、装甲と「グラヴィティ・コア」を充電し、夜間の素子による情報収集を継続させるためのもの。
(わたしたちは孤児。ひと一倍努力しなければならない)
「おやすみ」
「おやすみ」
キカはベッドに横たわる。
キキも横たわる。
彼女たちの髪──光を吸うような質感で黒紫の髪束がふわっと枕に広がる。
この瞬間、彼女たちは眠るのではない。
王宮のシステムと接続され「待機状態」に入る。
暗殺の命がくだるまで。




