第三十七話 屋上からの光景 その2
黎晶。
アンジュはそこでいっとき沈黙した。
話題になっている鉱物。
黎晶、と彼らはその鉱物を呼んでいた。
おれはようやくというか、改めて気づかされたのだ。
こちらではなぜ銃の話題が出ないのかを。
それは向こうでは、当たり前の鉱物だったのに、こちらでは超貴重な特殊資源だったのだ。———それでリス野郎が言っていたのか、こちらではいままで硝石を利用することがなかったのだと。
なるほど。
あれがないんだったら、そりゃ歪なるよな。
爆発する、爆発させる、吹き飛ばすという発想がないのだから。
*
中学二年の頃のことだった。
(むろん、後にしてきた向こうの世界でのこと)
剣道をイヤイヤやらされていて(爺ちゃんに言わせると、安寿よりおれのほうが筋が良いとか言うのだけれど、おれはそんな棒を振り回すのなんか興味なかった)。
部活は剣道のかたわら、あの頃のおれは化学部の幽霊部員(というか一人部員)として、ますます化学というか科学全般の深みにハマっていたのだった。
で、ある日、理科の教科書で「硝石(硝酸カリウム、KNO3)」のページを読んで、おおっと、それこそウルトラマンみたいに眼が輝いたわけ。
「これって、面白そうじゃね?」と。
そこには「火薬の主成分として使われ、酸化剤として強力な反応を起こす」と書かれていたからだ。
おれの頭の中で化学オタのスイッチが全開した。
「硝石……? 火薬って、あの黒色火薬のことか? 硝石75%、炭15%、硫黄10%の配合で、燃焼速度が速くて、爆発的なエネルギー放出!」
「おめえ、そんなの実験したら捕まるよ」
心の声同士で葛藤というやつをしながら、それでも、どうしてもやってみたくて、「 これはさ、…歴史的な大発見なんだよ! おれも試してみたい。いや、試すのはヤバいけど、理論だけなら……」とか、どんどん深みにハマっていった。
で、悪魔が誘いに来たのだ。
近所の農協。母親に頼まれて肥料を買いにいったおれは、棚に並ぶ「硝酸カリウム」の袋を見つけてしまったのだ。それはほんとに、おいで、おいでと誘ってるようにおれの前に現れた。
「おお! これが本物の硝石! 植物の成長を助けるけど、火薬の材料にもなるなんて、自然の化学の奇妙さよ!」
オタクっぽい言いわけしてるうちに、おれはそれをほんとに買ってしまった。こっそり小さな袋を買って持ち帰った。
もちろん、母には「宿題の実験用」とかウソこいて。
それから秘密の実験計画。
家に帰って、小さな牧場だったから、スペースはいくらでもある。
ただ、見付からないようにしなきゃいけない。
特に姉の安寿に見付かったら生徒会長みたいに堅物で曲がったことが大嫌いだから、何言われるかわからない。
ということで、厩舎の陰になった隅で「安全な小規模実験」を計画しはじめたわけ。
炭(バーベキュー用の木炭を粉砕)、
硫黄(薬局で買った粉末、虫除け用と言いわけ)、
そしてそこに硝石を混ぜる。
心臓バクバク。
比率は完璧に……計算済みのはずだった。
「これで酸化剤の硝石が、炭と硫黄を急速に燃やすはず。……でも、ただの燃焼実験だから、爆発しないよね? あくまで科学的観察なんだから」
ヤバい、とは思っていても、どうしてもやってみたいという興味に負けてしまった。
なんとおれは、中学二年にして「爆弾魔」になったのだ。
そのスリルったら、なかったね。
ほんとに小便ちびりそうだった。
小さなスプーンで混合物を紙の上に置く。
指が震えて、爺ちゃんのやつを拝借してきた百円ライターがうまく点火しない。マッチに切り替えても、心臓バクバクで、うまくマッチが擦れない。
あのぐらい緊張したときはなかった。
原理的には花火をやるのと変わりない、と思っていても、全然違うのだ。
「ほんとにヤバい、ヤバすぎ」
マッチで火をつけた瞬間――プシュッ! 煙がモクモク立ち上がった。激しい火花が飛び散る。
のけぞった。
腰抜かすほどのけぞった。
予想以上の勢いで、炎が草の上に飛び火したからだ。
パニック。
「あっちゃああああああああ!!! これは…硝石の酸化力が強すぎて」
制御不能になっちまった。
火薬のヤバさを実感した。
用意していたバケツの水をかけてると、安寿姉ちゃんが飛んできた。
「ズシ! また何やってんのぉぉぉぉぉ!!!!? 火事の臭い!!!! 母さん、ズシがまたなんかやらかしたよお!」
大騒ぎになった。
———それが、白い粉。
硝石という。
思い出したくもない前科タトゥ。
その原因が硝石というものの化学反応だった。
でもこっちではどうやらその硝石は「黎晶」とか呼ばれて遥かにグレードアップしているらしい。
しかも超貴重で、いままでほとんど知られていなかった。




