第三十六話 屋上からの光景 その1
信じられないほど綺麗な夕焼け。
——そうして選んだこの世界。
「向こうではとっくに死んじまってる」というのが実はかなり応えていた。
ロクな人生ではなかったけど、とにかくおれなりに懸命に生きてきたのだ。それが、つまんねえ事故で死んじまって、パラレルだか地獄だか知らねえけど、妙な世界でリボーンしようとしている。
十九歳。
『この宇宙が教室なら
隣同士
学びはつづく』
と言ったって、どうやって学べばいいのだ。
死が充満したこの場所で。
*
息苦しい。
時間が澱んでいる。
(最悪な場所だった)
なのにまだ二日目がはじまったばかり。
まだ二日目なんだぞ!
それなのに、この世界には死の匂いが早くも立ち籠めはじめている。
死骸だらけ。
(こちらで生きると決めたのに、なんなんすか、これは?)
あの死斑のようなものも濃くなってきている。
脱出口が見つからないから余計停滞感が増してくる。
なのにあの木村とかいう侍医者は、「とにかくお茶でもされては、いかがでしょうか?」とか、アンジュに勧めてくる。
こんなときに、お茶?
どうやら木村は、アンジュが生まれ育ったどこかの家の侍従兼御用医者だったらしくて、アンジュの身の回りの世話をしたがる。
*
生き残ってまだ院内にいる生存者たちは新鮮な空気を求めて必然的に屋上に出るようになった。
開放感。
ひっそり静かな夜。
雲の間から月が出ていた。
それでふと、おれは気付いたのだった。
「あれは……、なんだろう?」と。
もちろんアンジュも気づいていた。
夜空に大きな黒い輪のようなものが浮かんでいる。
雲のようにゆっくり動いている。
動いているだけではない。
そこから何か細かいものが出たり入ったりしている。まるで黒い環になった蜂の巣のように。
「……急がないと」
黒い環を眺めて言っている。
アンジュにはあれが何かわかっているみたいだった。
嵐でも来るのだろうか。
冬の嵐?
燃え広がりそうな火事よりも心配そうだ。
「輪型巨大飛行船リング・エアシップよ」
飛行船なのか?
ずいぶんデカいな。
「ここを避難所にして閉じ籠もるか、脱出するか……」
そうじゃなくて救援をどうやって要請するかだろう。
この病院のように救急部門もおそらく各所で断絶だろうし、あれだけ火事が燃え広がっているのに消防車のサイレンひとつしない。
つまり、どこからも救援なんて来ないということだ。
では、どうするのか?
(あのエアシップに助けを求めたらどうだ?」
「そうじゃないのよ。あれはドローン大規模輸送船なの。敵方の」
(ドローンを輸送?)
「軍を侵攻させる前にドローンを大量に送り込んできているわけ。その意味がわかる? まずこれを学んで」
厳しい女性教師みたいにそう言う。
おれはこの世界にとっては、いわばお客さんみたいなものなんだから、もっと優しく言ってくれたっていいのに、おれの覚悟を試すみたいにこの姉は超厳しい。
アンジュは自分のスマホを空に向けた。
「ドローン収容規模は?」と短くたずねる。
「およそ七十万」とAI。
「そんなに?」
「少しずつ雲のように移動しながら、ドローンに情報を取らせています。おそらく王国上空の各地に何機もの輪型巨大飛行船が活動していると思われます」
あれはドローンの母船なのか。
「……くまなく生存者を洗い出そうというわけね」
「そのようです」
「生存者狩りは?」
「おそらく収容所ができてからだと」
「そこまでする目的は何?」
アンジュは白い息を吐きながら訊いている。
「おそらく、更地」
AIが答える。
更地って、そこに住んでるひとも建物もすべてひっくるめてぶっ壊しちまって、元のノッペリしたなんにもない土地に戻すことだろう。
「この島国全体を更地にしてどうするつもりなの?」
アンジュも訊いている。
「黎晶しかありません」
AIはそう断言した。
「……やはり、そうだったのね」
「交渉が決裂したときから、おそらくこの奇襲計画はスタートしたのだと思われます」
なんだかわからねえ展開がどんどん進んでいく。
おれは早くも後悔しはじめていた。
これだったら、おとなしく棺桶の中に横たわっていたほうがよかったかも、と。




