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第二十九話 近辺生存者 その2

 佐山と内田。

 大学エリアから現れたその二人の学生たちは、バカさ加減ではおれの元いた世界とほとんど変わらなかった。


 それがまた混乱してしまう。

 日本刀を堂々と携帯できる世界にも、こんなパリピがいる?


「まあ、シンギュラリティってのも、グノーシス主義NOWなわけですから、終末ではあるんですけどね」

 いまにもパーティクラッカー鳴らしそうなノリでそう燥《はしゃ》いでいる。


「ほんとに世界の終末、来ちゃったんですかね?」

「おめえら、ブン殴られたいのか?」

 年長医師の咲坂さんが禿げかかった頭をギラギラさせて睨《にら》みつける。


 とにかくおれは、まずこちらでもシンギュラリティってもんが話題になってることがわかって、ちょっとホッとした。

 安心したというのはあれだけども、共通の話題というか、転校してきて勝手がわからずまごついてるときに、教室で同じ話題が出てて、「ああそれね、あっちではさあ」みたいなノリで話の輪に参加できるみたいな、そんな安心感をシンギュラリティはもたらしたのだ。まるで流行語を確かめるみたいに。


 でも、その後についてる「グノーシスNOWって、何?」

 レイブみたいなもの?


 とにかく、事情がわかってくると彼らはパニックになるどころか妙に活気づいてしまって、「とうとう来た。やっと来た」と、患者さんたち全員が亡くなってるとこを見てないせいかもしれないけれど、現実感がないというか、パニックになることもなくハシャいだように躁状態になっている。


「とうとう来ちゃったんだあ」

「感無量ですよねえ」


「おまえら! いい加減にしろよ。人間が死んでるんだぞ。亡くなられた方々が大勢いるんだからな」

 病室見てこいと咲坂が怒っている。

「救急車呼ばなくていいんですかあ?」

「おめえアホちゃう? ここは病院」

「だったら医療過誤じゃないっすか」

「なはずねえだろう」


「当たり前でしょうがあああ!」

 そこへ倉田ママが不意に出てきて、佐山というツーブロック調子乗り学生の頬をいきなり叩いた。

 バシッ!

 グーで叩きかねない勢いだった。

「なにすんですかあ?!」

「見てきなさいよお」

 倉田ママは掠れた声を上げた。「病室行って、すべての病室行って、産科に行って、見てきなさいよお、その眼で」


 妙に押し殺した声でそう言い放ったのだった。


「なんすか? いきなり」


 場が凍りついた。


「わけ、わかんねえよ」

「ほんとっすよね、わけワカメ」

「行こうぜ」とか吐き出して、二人はぷりぷりチャラチャラ医局から出て行った。


 おれはそのとき、ツーブロックマンバにしてる佐山の明るいグリーンフーディの下のТシャツ、ちらっと見えたそこに視線が吸い込まれたのだった。


(ランナウェイ?) 


 男だか女だかわからない子が、黒いバレエドレスみたいなのを着て、片手にカクテルグラスを持ち捧げているプリント。見覚えがあるというか、おれも持ってる。

 たぶんその背には『RUNAWAY』と赤い文字が入ってるはず。 下北の古着屋探して初期版をようやく手に入れたからよくわかってる。


 てことは……、こんな世界にもカニエはいる?

 そういうことになるだろう。


 ほんとかよ。


            *


 倉田ママが激オコしたことで、医局にいっときの静寂《せいじゃく》が訪れた。

 

 ところが学生の二人は、いなくなったと思ったら再び戻ってきて、年長の咲坂に何か相談している。

 カニエТシャツを着たツーブロック佐山は特に強引に主張している。

「駄目だ! そんなこと、まだ駄目だ!」

「だって……」


 彼らが戻ってきたドアのところに眼を向けると空のストレッチャーが隙間から見えた。


「なぜ死んじゃったのか、わかんなきゃどうしようもないじゃないですかぁ。でしょう?」

 おちゃらけているのに、こいつらけっこう冷静。

 さすがカニエ。

 ほんとに突然死なら、解剖して確かめればいいと言い出したのだ。

「でしょう?」

 佐山の片頬は倉田ママに叩かれた跡が赤くなっている。


「解剖なんて、まだ早い」と咲坂。

「じゃあ、いつだったらいいんすか?」

「わからんよ、そんなことぉ」

 泣きそうな表情になって咲坂は自分の頭をパンパン叩いている。


「医者でしょう?」

「あったりまえだろうが!」

「だったら、なんとかしてくださいよお」

「聞いたことねえんだよ、全員がいちどきに死んじまうだなんて、有り得んだろおおおおおがあああ!!」


 いきなり切れて怒鳴りはじめた。

 佐山も引いてない。

「ぼくら、切り出しのことはいちおう心得てるんで」

 男前でそんなこと口角に唾飛ばして言っている。


「切り出し?」

 うんざりした感じだったアンジュが、そのときになって初めて顔を上げた。

「解剖ですよぉ」

 ロン毛内田が言い添える。

 ブラックジャックみたいにして、死因を突き止めるための解剖を切り出しとそう言うらしい。


「アホか、おまえら。そんなことして何になるんだよ」

 世界が壊れかけているのにそんなことしてる余裕はないと咲坂にヒステリックに却下されてしまった。。


(……なるほど、解剖か)


 確かにあの外見だけでは、死因は不明のままだ。

 アンジュが再びジレンマに陥《おちい》ったみたいにイラついてくるのがわかる。

 何かをじっと考えつづけている。


 何を考えているのか。

 憑いてるだけのおれにはそこまで入り込めない。



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