第二十五話 蟻の力
アンジュが眠っている間、おれはリアルさということを考えていた。
だってそうだろう。
おれ自身は触れられもせず、動くことさえままならないのだから。
考えることぐらいしかできない。
この世界のかすみさんにリターンマッチすると決めたって、実際には見守っているだけ。
もう失敗しないぞ。ぐちぐちウジウジはもうやめだ。
勇ましく内心決めたって行動に移せない。
なにせ霊なのだから。
本音を言えば、召喚されたとかいったって、いまいちリアルなこととして感じられなかったのだ。
ところが、まずそこへ、蟻が現れた。
あのとき一発くらった。
目覚めろというように。
アンジュがコンビニ前で鋭い太刀捌きを見せたことではない。
むろんリス野郎が意識のど真ん中に話しかけてくることでもない。
もちろんそれもあるけど、
蟻だったのだ。
霊化したおれのオタク心に火をつけたそれは、ちっこい蟻の通信方法だった。
*
あの後、(コンビニ闘技場の後だ)、
アンジュが送信した現場映像に関して王国AIから詳細なアンサーがあった。そんなものがなんでオタク心と関係あるのかと思うかもしれないが、まあ聞いてくれ。
『AIクォンタムより、御依頼の物質の物理構造解析をお知らせ致します』とそこには記されていた。
あの破壊した構造体に関することだった。
構造体を成していた粒子は全長約六ミリ。
BB弾とかお米ぐらいの大きさかと、そのときまでは軽く見ていた。
その集合体を。
ナノというよりレゴレベル。
そいつらが集まったわけか、と。
外殻、つまり外側の殻素材は、炭素系複合材+未知合金微粒子だという。
そして内部構造は生体模倣型モジュール。
要するに、その挙動も、生体を模倣したものであるということだった。
そこまではスルーできた。
要するに、六ミリというから、けっこう大きい粒子の集まりということだろう。
ところがそれからが違った。
追加として、成分分析の化学物質検出データが添えられてきたのだ。
それが問題だった。
普通なら見過ごす。
しかしおれは何を隠そう化学オタだったから、そのデータに、触媒みたいに即反応、霊としてはあるまじきことに、叫び出したくなるほど大興奮してしまったのだ。
(ドヒャアアア!!)
蟻だったのだ。
魔国が生体工学というか生体利用をやってるのはアンジュを通して知っていたけど、これほどだとは思わなかった。
蟻が巨大恐竜になり得るってことなのだから。
*
『ギ酸です』とAIは言っていた。
『ギ酸は通常、蟻などの昆虫が防御、毒ですね。それとコミュニケーションに用いるフェロモン物質として使っていますが、ここでは結合界面の触媒として機能している模様』
なんだかわかんないかもだけど、
蟻は要するに、炭素ひとつというシンプルなそのギ酸を、自分たちのコミュニケーションツールとして使ってるというわけ。
蟻たちが山ほど集まっても少しも隊列が乱れないのはギ酸をツール化しているためだ。
それを生物利用している。
今度は魔国がそれを自分たちの群体ロボに使っている。
あんなちっこい蟻でさえ、きちんと利用しまくっている。
わかるだろうか?
BB弾みたいにちっこいやつが群れを成して、一体のロボになる。
その結合、相互通信法にギ酸を使っている。
自然由来。
それを使えるだけの技術力、科学力を魔国は持っている。
そういうことになる。
ということは、
ヨーラシア魔国は、とんでもない生工学、生体工学を発達させてるってことになるのだ。
その技術的土台があれば、ほとんどなんでも造れる。
王国AIもそれがわかってるから、こうしてわざわざ注釈まで入れて来ているのだ。
「単体行動よりも群体集合時の性能を重視した設計になっています」
「設計」
「ギ酸の存在は、集合時の化学的接着を強化する役割を果たしている可能性が高いですね」
「つまり?」
そのときアンジュも険しい表情で問い返していた。
髪が風になびいて揺れていたがそれをかき上げようともしない。
困惑しているのだとわかった。
実際に対峙したから、破壊したといってもそれはただの一時凌ぎだったことがわかっているのだろう。
いちばん単純なやつで試されたのだ。
「群体は軍隊に通じる、ですね」
AIが女性の声で答える。「彼らの軍隊もそのようだとお考えになったほうがいいでしょう。可変型ですから、レゴを組み立てるみたいに自在に各種の怪物を創造できます。もちろん兵器などにも」
「……」
「中心部と動力さえ確保できるなら、巨大なドラゴンとかも可能となります」
アンジュは咄嗟に、上空を飛んでいた血翼フレーゲを思い浮かべた
「血翼もそうなの?」
「いえ、あれは融合体です。人間と竜と鷲との」
おれは思わず腰を抜かした。
融合?
種の壁を越えてる?
「……じゃあ、さっきの構造体は?」とあのときアンジュもたずねていた。
「申し上げにくいですが、、」
「はっきり言って」
「彼らにとっては子供の玩具のようなものかと」
「……」
「試されたと申し上げたのは、それゆえです」
「子供の玩具程度のものを与えて、こちらがどうするか試した」
「はい」
「なぜ?」
「理由はまだわかりません。あなたが魔術省職員であることはバレていることは先程申し上げました。しかし、それ以上の意味があるとも考えられます」
「それ以上の、意味?」
AIはその問いには答えなかった。
「技術力を見せたということは?」とアンジュはあのときさらにたずねた。
「あり得ます」今度は答えた。「この技術によって、どんな空想上の怪物も精製可能、ということになりますから」
沈黙。
「抵抗しても無駄だというメッセージだということも考えられます」
アンジュ姉さんはそれを聞いて大きくため息を吐いた。
でもそのおかげで、蟻がきっかけで、おれはリアルに、まともに、そのヨーラシア魔国とかいう奴らの科学力を推定できたのだった。
(こんな連中に抵抗したって勝てっこない)
それだけは、わかる。
どんなに日本刀を振り回したって、勝てるはずがない。
なのに、なぜリス野郎はアンジュを止めないんだ?




