第二十四話 魔国女子訓練
王宮の白い外壁から、ほど遠くない場所に、その訓練場は存在していた。
ヨーラシア魔国の、名を持たぬ広場。
地図にも記されていない。
前衛戦士専用の戦闘訓練場。
朝でも夜でもない。
早朝。空は鈍く鉛色に沈み、風だけが低く唸っている。
黒い影が、整列していた。
黒衛前衛戦士。キカたち少女部隊も加わっている。
全員が彫刻のような黒い戦闘服。
生体装甲ファントムスキンは微かに呼吸し、脈動紋様が鼓動と同期して微かに胸部で明滅している。
「———吸え!」
低く号令が下る。
声の主は教導官。
声帯に金属が仕込まれたその声は、訓練場の空気を振動させ、戦士たちの装甲で包まれた皮膚の奥に直接届く。
「四拍。重力を腹に落とせ」
一斉に呼吸。
冷たい重さが肺に流れ込む。
戦士たちの盛り上がった胸部、グラヴィティ・コアが低く鳴る。
地鳴りにも似た振動。
「止めろ!」
戦士たちが息を止めた瞬間、訓練場の砂利がわずかに沈み込む。
重力場が局所的に増幅されているのだ。
「吐け! 衝撃を逃すな!」
はぁ……。
吐息と同時に圧が解放される。
だが誰ひとり、体勢を崩さない。
魔国黒衛処女第7列。
この第7列の彼女たちだけは戦巫女と呼ばれている十五歳以下の少女隊だった。
四十七名いる。
ほとんど暗殺者予備軍ともいえる存在。
幼い頃から厳しい訓練を経てきた者ばかり。
その中に、キカとキキもいた。
二人は十三歳。
一卵性と呼ばれる双子の姉妹。
キカが一瞬早く産まれたために姉。キキが妹、ということになっているが、実際には二人は孤児だったため、その正確なことはわからない。
もうすぐ戦巫女プリステス部隊を卒業して、皇統直属の警護隊に編入される予定だ。
キカの横で共に訓練にいそしんでいる妹のキキも同じ。
「……しっかり」
キカは息を吐きながらキキを励ます。
いま魔国が行っている世界秩序の書き換え。
それがすでに発動されていて、噂では大成功のうちに進行しているという。
今朝は、年長者たちの黒衛処女メイデンとの合同演習の日だった。
便宜的に、ただ「メイデン」と呼ばれているその女性戦士たちの右虹彩がわずかに反応する。
戦巫女の双子の虹彩も。
視界が歪む。
重力場の干渉。
しかしそれを不快と認識する前に肉体が補正を完了する。
「次、前進」
ダッ、ダッ、という重く響く足音。
黒鉄ブーツが地を叩くたびに低音が響く。
踵の重力反転板が起動し、歩行が滑走へと移行する。
「速すぎる。殺されたいのか?」
息を整え、外套の黒いドレープが霧のように揺れる。
次の瞬間。
「抜刀!」
音が消えた。
腰から刀が抜かれるが金属音はしない。
空気が波打つだけだ。
振動ブレイド。
普通の剣ではない。ハイブリッド刀。
ズン、ズン、ズン。
「構え」
いっせいに刀身が横になる、
刃先ではない。振動面を対象に向けるのだ。
前方二十メートル。訓練用の標的がせり上がってくる。
「3・2・1」
踏み込む。
重力反転。
瞬間加速。
全員がいちどきに、信じられないほどのスピードでそれぞれの標的に向かって滑走していく。
キカもキキも先頭を切って地上からわずかに浮かんだまま滑走する。
外套の黒いマントだけが遅れてひるがえる。
加速していく。
ブレイドを振る。
斬らない。
共振させる。
ブォンという唸り。
空間が一瞬歪んで標的が粉砕される。
標的の破片は音もなくその構造が崩れる。
砂のようになって舞い落ちる。
斬るのではない。
根本的に破壊するのだ。粉々に。
「重力核の立ち上がりが甘い」
「倒れるな。倒れた者から死ぬと思え」
「呼吸だ。呼吸」
「呼吸のタイミングを失った瞬間、装備の重力に喰われるぞ!」
教官の号令に慈悲はなかった。




