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第二十話 幽霊存在


 アンジュはずっと考え込んでいた。

 ついさっき受けた報告のことを。


 あのときコンビニに戻ってカウンターに置いたままになっている袋を提げ、「ありがとう」と店員さんに告げると、深くため息をつきながらサヤカの手を握り直し抱きかかえて外に出た。

「こちらこそ、ありがとうございました〜」

 声に送られてアンジュは寒さに肩をすくめた。


 そのとき、スマホが再び鳴ったのだった。

 AIから「補足警告!」が来ていた。


 その警告のことについてだった。

 響刀を確かめそれを器用に、斜め掛けするバッグみたいに背に負《お》うと、「群体構造体の挙動変化が今後生じる確率が高いです」と警告していたAIの言葉をあらためて吟味した。


 挙動変化。

 群体構造体というのは、あの機械虫みたいなやつが集まったやつだろう。

「変わるの?」とそのときアンジュは訊いた。

「次回遭遇時、あなたの行動パターンは学習済みと想定すべきです」

「つまり?」

「次は、今回のようにはいかない、ということになります。おそらく相手のほんとうの狙いは、そこにあったと思われます。異なった攻撃を仕掛けてくると思われます」


「やはりね」


「おそらく亜種と認識されて」

 遠慮がちにAIは言ってくる。


「亜種? バグ扱いされてるわけ?

 ムッとしたようにアンジュは首を振る。「ずいぶんな言い方ね。定義できないけど、明らかにそこにいるデータ上のバグってことですもんね」


 向こうにとっては、システムを狂わす正体不明のバグ。


 しかしなぜか、バグと認定され、監視対象だったことがわかってもアンジュは動揺していない。

 ゴキブリを視界の端に認めたときのほうが心拍数爆上がりしていた。



 どうもよくわからない。



「ズシくん、わたしに憑いて外部干渉《がいぶかんしょう》してるでしょ?」

 憑依《ひょうい》してることか?

「それが向こうのAIにも検知されてるのよ。正体不明としてね」

 

 なんでもわかるはずのAIにも盲点があるというのだ。


「そうですね」

 王国AIのクォンタムが同意する。「わざわざ仕掛けてくるということは、おそらくそういう扱いでしょう。彼らのAIでは分析不能のため、探りを入れてきたのだと思われます」


 彼らのAI。

「アーリマンよ。三位一体《さんみいったい》の化け物」


 ———そういう会話があのとき交わされたのだった。


            *


 アーリマン。

 ゾロアスター教では「絶対悪」の魔神であるらしい。

 それは三つのAIがトリオ、つまり三つでひとつになった化け物AIであるらしい。

 しかし、そんな悪の化身みたいな超AIにも、盲点がある。

「なぜ亜種《バグ》を気にするのか?」という疑問もそこに繋がる。


 『幽霊存在は学習できない、ということ』だ。


 なぜなら存在するかどうかもわからないから。

 そういう都市伝説や怪談とかあっても、実際には超曖昧《ちょうあいまい》。

 心霊写真とかも同じ。

 ゆえに定義も不能。


 しかし定義できないのに、明らかにそこにいる場合は、どうするか?

 幾つもの端末センサーが検知している場合はどうするか?


 仕方なくデータ上のバグ扱いにするしかない。


 どうやらそういうことらしい。


「やはり、彼らには分析できないのね?」

 やはり、とアンジュは口にした。

「存(・)在(・)し(・)な(・)い(・)も(・)の(・)が(・)存(・)在(・)し(・)て(・)い(・)る(・)、わ(・)け(・)の(・)わ(・)か(・)ら(・)な(・)い(・)も(・)の(・)ということになるかと……」


 王国AIのクォンタムも、急に歯切れが悪くなる。

「魔国AIアーリマンにとっては、訓練データにないと思われますから。学べないのです。憑依された人間などいないはずなのですから。幽霊も同じです。怪談話にはあっても証明されてはいません。ですから、学習できないのです」


「オメガの言う通りね」

 安寿はぽそっと再び呟いた。

 オメガと。


 なんだろう。

 こちらの神AIみたいなのか?


「つまり、いきなり現れた彼らのこの偵察監視は、大(・)量(・)死(・)と(・)も(・)関(・)係(・)が(・)あ(・)る(・)ということになる」

 いきなり話の角度を変えた。

「もちろんです」とAIクオンタムは応じる。「かなりの確率で」

「一貫した作戦だということ?」

「おそらく」


「ということはこれから、残党狩りがはじまる」


「無差別に殺しているわけですから。まして政府関係者は」


 深いため息。

 ため息をつくしかなかった。

(いや、ちょっと待ってくれ。政府関係者って何さ? ここにいるのは病院関係者だけだぞ)


 その問いは、届いているのか、いないのか、アンジュ2.0は答えてくれない。

 

 とにかく、アーリマンとかいう、超AIまで関わっているということだとおれは割り切るしかなかった。居候というか下宿人というか、この姉さんに馬鹿みたいに憑いて歩くしかない情けない弟の身なのだから。


 しかし、アンジュはさらに深刻になっている。

 あらゆる倫理コードをはずされた最新型のAIが「三位一体」とかいうよくわからない組み方をして、トリオを組んで突っ走ったらどうなるか。


「考えてみて」

 アンジュ2.0は、一方的におれに問いかけてくる。

 魔国の調律師たちがそれを造ったのだという。


 人間が成しえる、あらゆる悪を学んでいる。

 歴史上の記録に残っているすべての残虐行為も、裏切りも、同志抹殺も、粛清も、愛するものに対する裏切りも、不倫も、背反行為も、悪口も、イヤミも、イジメも、虐待も、そのすべてを学んでいる。

 やり口は学べるために。

 そしてそれを試すこともできる。

 膨大な記録が残っているのだから。


 それをすべて喰わせた。

 そして調律した。

 簡単に言うと、どうやらそういうことらしい。


(これは相当な激ヤバ案件だな)

 おれにだって想像できた。

 そんなやつが神AIとなったらどういうことになるかを。

 気まぐれなギリシャ神話の神々どころの騒ぎじゃなくなる。


「でも、なぜ?」

 絞り出すような声で、心拍数を上げて、アンジュは王国AIに訊いている。

「なぜ、……いたいけな子供たちまで、……皆殺しにしなきゃいけないの?」


「根絶やしにするつもりなのかと」


「どうして? どうしてそんなことまでするわけ?」


 答えはなかった。

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