第十九話 折り紙
じかし、おれには疑問が残った。
もし眠りの中に敵がいるなら、武器などいくら調達したって仕方ないのではないか。そういう疑問だった。
眠らないでいることが唯一の抵抗法だ。
眠りの中に武器は持ち込めない。
とにかく、剣を背にしたままアンジュは院内に戻った。
この姉はとにかく、喜怒哀楽というやつが激しい。涙したかと思うと日本刀を振り回している。絶対許さないとか言っている。
姉弟じゃなかったら、あまりお近づきにはなりたくないタイプ。
共感なんて全然得ようとしない。
やるといったらやる。
(それに、あんなキショいリス飼ってるし)
わけがわからないところが多々ある。
ところがサヤカは、そんなアンジュを慕っているように見えるのだ。
アンジュ姉さんもずっとサヤカを見守っている。
サヤカは少食だから、すぐにコンビニ食を終えてしまって無心に折り紙をしはじめた。折り紙は向こうでもそうだったけど、子供たちの気持ちを落ち着かせるにはいいのだ。
その姿に、おれも少し落ち着く。
*
サヤカは虐待児童精神科閉鎖ユニットのみんなの中でもいちばん幼かった。
保育園にたとえ行ったとしても、まだ年中さんぐらいの年頃。
四歳。
全身が焼け焦げだらけ。
その焼け焦げが四十八箇所もある。
赤ちゃんの頃から煙草の火を灰皿代わりに養父に押し付けられていたためだ。
だからここに移送させられて来たときも、痛覚はほとんどなかった。
触れても感じない。
医師が言うには、それがせめてものサヤカの抵抗だったのだろうという。痛覚を遮断して煙草の火の熱さを感じないようにしたのだ。
赤ん坊なりに、幼児なりに。
そういう暴力がいまだにある。
それはこの世界でも同じだった。
「暴力だけが全宇宙共通なんでシ。素粒子と暴力だけはね」
リスが全宇宙を見てきたようにそう言ってくる。
そういうサヤカの様子をじっとアンジュは見守っている。
それが回復魔術でもあるようにして。
*
がらんとした病院。
がらんとした医局。
アンジュは自分のスマホを再び手に取った。そしてノートアプリのようなものを開き、その中の断片のひとつをさらにアップする。
何かそこに手書きで書いてある。
「ズシくん、憑いてきてるよね? これ見て」
「これがあなたの状態」
ひとり言のようにしてそっと呼びかけてくる。
★印がしてあって『情報転送の遅延』とそこには記されていた。
『初期フェーズでは霊状態として投影』
『徐々に実体化する』
『ビット転送と同じく一日あたり三十%増加』
『三日満期でほぼ百%となる』
「少しわかった? まるまる三日かかるのよ」
「なのに、……まだ一日も経っていない」
焦っている。
「その間、動けないの。大幅に動くと焦点がずれる恐れがあるから」
おれのことであるのは間違いなかった。
つまりおれの肉体はいま、パラレル宇宙の中を転送されていて、それが届くまでに三日かかる。
遅延とあのてき教えられた。
しかしそれだけではなかったのだ。このアンジュを受け手にしているから、座標か何か知らないが、あまり動くと目標がずれてしまう恐れがあるのだという。
だからいまは動けない。
(そういうことなわけ?)
転送。
座標。
ここから動けない。
*
そして、
眠れないと時間が経つのも遅かった。
アンジュ2.0にもそれは同じ。
食事したり何かを口に入れたりしているのに、そのあと眠れない、完徹しているのに眠ってはいけないというのは、相当きつい。
次第に動作が鈍くなり、思考がぼんやりしてくる。
激しく動き回ったあとはなおさらだ。
「……三日もかかるの」
子供たちに食事をさせ終えたせいだろうか、なんだかホッとしてしまってぼんやりした口調のままアンジュはおれに告げてくる。
「パラレルジャンプして、肉体も召喚するには……」
それからアンジュはリス野郎と相談しはじめたのだった。
攻撃と召喚がたまたま重なってしまったけど、遅かったのではないかと。
それとも、こちらが準備しはじめたことが洩れてる?
「いや、それはないでシ」
リスは同意しなかった。「これだけ大規模な奇襲攻撃は、相当な準備が必要でシ。まずそれを確かめねばなりましぇん。こちら側に内通者がいたのかとか、やることはいっぱいあるでシ」
エラそうにそう言っている。
「確かめるってどうやって?」とアンジュ。
「これは大規模な魔法なのか、それとも新型の兵器なのか、あるいはそのハイブリッドなのか、それを確かめなければ先へは進めないでシ」




