第十八話 安寿とアンジュ
安寿はそのまま院内には戻らなかった。
もうおれにとって、姉の安寿はさらにシステムアップしてアンジュになっていた。
ほんとにアンジュ2.0という感じ。
魔術省職員
鋭い太刀捌き。
それがなぜ、ここで看護師をやっているのか。
おれにはまだわからなかったけれども、
コンビニ袋を提げたまま姉さんは院内には戻らずに、そのまま病院構内の脇にある、なんだか警察署みたいな感じの詰め所?の前までサヤカと一緒にアンジュはトボトボ歩いて行ったのだった。
闘った後の高揚感なんてない。
おれには感じられる。
なんだかもっと深刻になっている。
やはり、魔国だった。
「わかったでしょ? 見てたよね? あのコンビニのおにいさんと一緒に」
おれにではなくサヤカに向かってアンジュ2.0は話しかける。
サヤカに何か話しても通じないよ。
そんなこと向こうでも、医師とか看護師が手を尽くしたんだ。
でも完全に感覚を遮断してしまっている。
「もう引き籠もっていなくてもいいの」とそれでもアンジュは言っている。
「親はいなくなったのよ」
静かに、ゆっくり降り積もっていく雪のように、ぽつぽつと、まるで独り言みたいに言っている。
「あなたにあんなことをした親はもういないの。……だから、外に出てきてほしい。
……もう大丈夫だとは言わない。見てたでしょ?
この暴力世界。
あんなことがこれからもありそうだから、もう大丈夫とは言わない。
安心だとも言えない。
……でもね、少なくとも、あなたは抵抗できる。逃げられる。
無力じゃないの。
自分の力で生きられるのよ」
風が冷たい。木の葉が舞っていた。
おかっぱ頭のサヤカは、聞いているのかどうか、大きな瞳開いて冬の晴れ渡った空を見上げている。
*
アンジュは詰所に立ち寄った。
警備員がまだいるかどうか確かめる。
誰もいなかった。
おそらく他の夜勤スタッフと同じで、自分の家族とかが心配になったのだろう。よほど慌てていたのか、詰め所の鍵もかかっていなかった。
いちおう声を掛けてから中に入ろうとしたら、床の隅で小さく黒いやつがサササッと動いた。
アンジュが咄嗟に身を固くする。
飛び退く。
(なんだよ、ゴキブリじゃねえか)
あんな死闘を演じたのに、ゴキブリが苦手?
あの構造体の虫みたいな機械だって、考えてみればゴキブリみたいなもんじゃねえか。
「……違うの」
いきなり否定してきた。
どう違うんだよ。
答えない。
「……女子の本音と建前。どっちを信じる?」
謎のような言葉を呟きながら周囲を見回し、もう一度ゴキブリが消えていった一角を確かめ、アンジュは奥の棚にずらっと並べて立てかけてある短い棒みたいなものを手に取った。
「すいません、拝借します」
その中の一本を片手に取り、確かめるようにそれを手になじませると、その柄の部分にある青いボタンみたいなものを押したのだ。
ズン。
短い棒がいきなり光を発して先端部分が剣のように伸びた。
その感触を確かめるように、軽く二度ほど振る。
(ライトセーバーみたいなのか)
たぶん威嚇用だろうけど、あのキュルキュルみたいな小怪物が現れるぐらいだから、こういうのも警備で必要なのかもしれない。
向こうの世界だって、いつか警備のおじさんが話してたけど、「けっこう熊とか出てくるようになったから猟銃とか、撃退用の武器とかほしいよな」とか言ってた。
八王子はなんてったって東京のはずれの端っこ。ド田舎もいいとこなんだから。このショートセーバーみたいなやつだって、おそらくそのためだろう。
でもこんなんじゃ、あの細かいレゴを集めたみたいな構造体怪物と戦えるのか?
無理だろ。
こちらのアンジュも同じ考えだったらしく、詰め所の保管庫の奥を眺めていた。そこに施錠されて何か細長いものがずらっと並んで立てかけてある。それぞれ番号札がぶらさがっている。
「錠、はずせる?」
「簡単でシ」
姉さんのポケからまたあのリス野郎がクリクリ眼を出してくる。
あんなコンビニ死闘があった後だから、護身用に何か武器を、というのはわかる。だから警備用のあのライトセーバーみたいなのを借用するのかと思ってたら、違ったのだ。
その奥に並べて立てかけてある厳重に施錠してあったものをリス野郎が暗証番号告げて、姉さんは「すいません、ちょっとお借りします」とかぶつぶつ言いながら、一本一本、錠をはずして手に取り、確かめはじめたのだ。
日本刀だった。
鞘色とか装飾もそれぞれ。
この王国病院には武士階級というか士族の病人たちが入院加療している棟があって、そこに入院するとき、帯刀している剣を預かる。そういう仕組みになっているらしい。
シゾク棟とはそれだったのだ。
士族たちの病棟。
一般人と分かれている。
特権階級だということがわかる。
コンビニがあり、スマホみたいなのもあり、AIから分析結果とか、ドローンとか、そんなのが普通にある世界で、士族階級が現存している。
その刀を保管してる。
(まいったな。。。)
しかもこのアンジュ姉さんは、それを慣れた様子で手に取り、すらっと抜いて、その刃を光にかざして点検しはじめたのだ。
もう看護師の所作ではなかった。
「これ、ダメね、アルミのお飾り」
手に取ってその重さだけでわかるらしく、これもダメあれもダメ、アルミのただのアクセサリーみたいなもので、ヤンキーとかラッパーがよく首からジャラジャラ提げてるバッタもんのゴールドリングと同じで、ただの虚勢。
そういう刀ばっかりだったらしい。
「これも、いまの王国の象徴」
誰に解説するのか、そう言っている。
「こんなんだったら帯刀なんてやめちゃえばいいのに、やめられないのよ。過去の権威にすがってるの」
アンジュは辛辣だった。
帯刀する虚勢というか、形だけが横行していたということだろうか。
おれはそれにも不可解さ満載だった。
だってそうだろう、なぜ刀なんか探すのだ。
警備はまあ、向こうでも警棒ぐらいしかもってなかったけれど、これは通常事態ではないのだから近くの警察とか派出所とか検索して、そこにまず行って、テーザー銃とか拳銃とか、そういうものを確保するべきではないか。
まあ、銃なんてほとんど誰だって使ったことないし、危ないから持ちたくないのはわかるけど、護身用としてはそれを向けただけで相手は怯むはずだ。
なのに、アンジュは全然それを探そうとしない。
「……ちょっと待って」
急に気付いたように、ポニーに束ねた髪を振って立ち止まった。
「士族棟の最上階、確か、政府次官が入院してるって聞いたけど」
もしかして、というように細身を翻し、アンジュはズカズカと再び詰め所の奥へと入っていった。
大きな金庫のようなものがある。
「開けられる?」
アンジュの左ポケがモゾモゾ。
するとリス野郎があのクリクリした眼を出すまでもなく、金庫のダイヤルがくるくるっと回ったのだ。
そして、カチッと音を立てて開いた。
その中に、いままでとは異なった、いかにも日本刀というか、昔見たことがある時代劇かなんかに出てきたその刀が、華麗な飾りがしてある鞘に収まって、ビロードの布にくるまれ保管されていたのだった。
「お借りします」
アンジュはそれを手に取る。
鞘からズイッと抜き出す。
刃の光り方から違っていた。
「響刀ね」
その剣の柄の元に波形の紋が刻まれていて、それを見るとアンジュがそう呟いたのだ。
「でもハイブリッドではない」
それでも仕方ないかというように、手慣れた扱いで鞘に収めた。
「……これなら秘太刀に耐えられるかも」
ん?
刀を背中に回し、斜めに縛りつけている。
おいおい、ほんとに「ぶった斬る」のかよ。
血がドバーっと飛び散るんだぞ。
わかってる?
(だいいち、日本刀一本で、拳銃とどうやって戦うんだ?)
(玉砕どころの騒ぎじゃないだろうが。)
マシンガンとかロケットランチャーとか、なぜ調達しようとしないのか、おれにはそれが不思議だった。軍人がもしボーイフレンドなら、軍隊の倉庫とか、補給庫があるはずなのに。
戦争がはじまりそうだとか言ってるのに、何をもたもたやっているのか。
「硝石」
意識の奥でいきなり声がした。
「硝石が活用されてないんでシよ」
ん?
ショウセキ?
あの、硝石?
「この世界では硝石系が忘却されてた、っていえばわかりまシ?」
リス野郎の囁きはつづける。
「窒素は豊富にあるのに、硝石のヤバさが気づかれないままスルーされてしまったんでシ。だから花火もない。火薬もない。ノーベル賞もない。そういえばわかりまシ?」
バカにしたみたいにそう教えてきやがった。
この世界ではいままで、硝石を利用するということがなかった。
だから、火薬も鉄砲もないと。
しかしリス野郎の言葉はそれで終わらなかったのだ。
「……ところがここに来てでシね、硝石以上にヤバい鉱物が発見されてしまったんでシよ。ウフフ」
なんだか楽しそうに言ってくる。
それが日本列島の断層付近で見つかった黎晶という貴重物質なのだという。
「あんたが元いた世界でいえばでシね、硝石とレアアースを足して二十乗したみたいなヤバさ、といえばわかるでシかな? 超ヤバいやつが、この王国日本で見つかっちゃったんでシよぉ、ウフフのフ」
気持ち悪い奴だ。




