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第一章 眠ってはいけません 第一話 召喚 


 おれは無価値なのだろうか?

 最近しきりに幼かった頃を思い出す。

 まさかこのとき、自分がそれによって悪魔召喚されるなんて思ってもいなかったのだ。



 音を消す。

「……異常なし」

 今夜はみんなよく寝入っている。


 児童精神科閉鎖ユニット。

 サヤカとマスコだけが起きているのはいつものことだ。

 汚れたメガネがトレードマークのマスコはあんな感じだから夜行性。サヤカはいつも廊下にぺたんと座って天井を見上げている。

 二人は、ただ起きている。

 眼だけ開けている。


 そのとき鼓膜から頭の中にキーン。突き抜けるような甲高いノイズがいきなり生じた。 

 おれは思わず連絡用のイヤフォンを片耳からはずす。

 疲れ?

 頭痛?

 いや違うな、電波障害だろうか。

 脳の奥まで錐で差し込まれるような、いままで耳にしたことがないノイズ。


 すると唐突に内線の電話が低く鳴り出した。

「すぐ応援に行って!」

「どっちに?」

 告げられている意味が飲み込めなかった。

 階上の六階はVIPルーム。

 階下の四階は一般内科病棟。

「なんか緊急事態らしいのよ。機器が全部おかしくなっちゃったんだって」

「医療機器が、っすか?」

 急いでたからエレベーターではなく、いつもは使わない暗い階段のドアを開けた。


 六階にも四階にも行ける。

 一瞬迷った。

 四階には顔なじみの同期岩井かすみさんがいる。


 どうしよう。


 踏み出した足先にそのためらいがあった。

 着地するはずの足底が宙に浮く。

 思わず体が前のめりになる。

 慌てて手摺《てすり》を探ったがそれも空を切った。

 バランスが崩れる。

 スリップしたみたいに全身が泳ぐ。

 冷たい風がすーっと首筋を撫でていく。

 

 ヤバッ!

 落下した。


 クソっクソっクソっ!

 なんでいつもドジるんだ?


 グチャッという音。

 おれはしたたかに頭を打ち、一回転してそのまま踊り場の壁に激突した。


 意識が飛ぶ。


(ああ、ヤッちまった!)


 なのになぜか、

 リスが、、、

 なぜかリスがいたのだ。

 そのクリクリした眼でおれを見ている。


 ……なんだよ、おまえ。


「転送するでシ」

 転送?

 

 そう感じた瞬間、おれは四階の廊下に立っていた。

 眩しい。



「どうなってるのよっっっっっっぉっぉっっおおおお?!?!?」

 引き裂けそうな叫び声がエコーをともなって伝わってくる。

 いままで耳にしたことがないほど多くのアラーム音があちこちで鳴り響いている。

 それも一台や二台ではない。この階にある生命維持装置のすべてが異常を知らせる信号を発している。


「どうしたんすかぁ?」

「わかんないのよ、いきなり」

 泣きそうな表情になってベテラン看護師の女性が顔を上げた。中年の彼女は恥も外聞もなくベッドに馬乗りになって患者の心臓を手動で激しくマッサージしている。

「止まったままなのお!」

 岩井かすみさんが泣きそうになってそう叫んでいる。

 あのかすみさんがパニックになっている。


 医療機器は正常に動いていた。

 なのに急変を知らせるアラームが鳴り響いていて止まらない。


 生命維持装置の故障だろうか。

 でも、いっせいに?




 死んでる。




 生命維持装置で生かされていた人も、個室で安静にしていた人も、大部屋病室で退院する日を待っていた人も、もれなくみなさん、思い思いの姿勢で、自分のベッドに横たわったまま、亡くなっていた。

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