第十五話 姉上
回復術がせいぜいとか言ってたのに、ものすごく速い太刀筋だった。
姉さん、ネキ、姉貴、姉上。
こっちのあなたって、いったい何者?
この姉は、おれが知る姉ではない。
*
「試されてる」
安寿は、まるでおれに問いかけるみたいにして呟いている、
「戦闘が単純過ぎるのよ」
自分で言っている。
コンビニの駐車場に散乱している破壊し踏み潰した虫の死骸群を眺め渡した。
そして、空を仰いだ。
まだ明け方の冬の空に浮遊していて、こちらを眺めるように静止しているものがある。
あいつも浮いていた。
偵察ドローン。
全長二十センチほどあるから、おそらくコントローラーも兼ねているのだろう。黒塊の中心部を破壊したといっても、再び集合できるはずなのに、それが成されなかった。ということは……。
逐一、上空から闘いの有様を監視し、その映像をどこかへ送って分析していた、というところだろう。
なぜここがわかったのか?
魔術省エージェントの所在がすべてマークされてる?
———だとしたら。
あの強固だった魔術省組織の中にも工作員がすでにいたということになる。
浸透されてる。
安寿が確信してることがおれにもわかった。
(でも、浸透って何が?)
(何が浸透してきてるってわけ?)
次の瞬間、監視ドローンはくるりと方向を変え、朝空の向こうへと一直線に飛び去っていってしまった。
「……ズシくん、まだなの? ひとりじゃほんと、手に負えなくなるかもしれない」
安寿はひとり言のようにそう呟きながら、そのままコンビニ駐車場の隅にある水道栓の蛇口を開けて汚れたバットを丁寧に洗っている。
金属の表面がボコボコになっている。
哀しそうにキュルルンと鳴いていたあの異様な変成動物は、すでにどこかへいなくなっていた。頭の周囲をあの蝿のような虫がぶんぶん飛び回っていたから、おそらく乗っ取られて囮として誘導されていたのかもしれない。
あいつもかわいそうな奴だった。
あんな姿で生まれたのだって、あの子のせいじゃないのに……。
「お、お、お客さん、だだだ大丈夫、ですか?」
店員くんが腰を抜かしたみたいになって怪物の残骸を眺めている。
闘いが終わったのに、安寿は拳を握り締めたままだ。
猛烈に怒っている。
何に対して?
見えない相手に対して。
おれだってびっくりした。
飛んだのだ。
まるで重力なんか関係ないみたいに、安寿はふわっと空中に浮かび上がった。そして金属バットを振り上げ、体勢を乱した怪物の頭上にまっすぐ振り落とした。
人間があんなに高く、それも怪物の突進をいともたやすく交わすみたいに、助走もつけず、その場でふわりと舞い上がるように宙に浮かべるはずがないのに。
「ありがとう」
サヤカがコンビニの入口のとこに立って、マフラをぐるぐる巻きにしたままこちらを眺めている。
安寿は店員さんにバットのお礼を告げ、そのときからさらに思いがけぬ行動を取りはじめたのだった。
すでに浸透されてる。
粉々に解体された虫の残骸に自分のスマホを向けた。
角度を変えて何枚か撮り、それをどこかへ送っている。
するとその拍子に、
安寿の左ポケからあいつが飛び出してきた。
そしてどういうつもりか、スマホが向けられたコンクリート上の虫の残骸の中央にすくっと立ち上がって、ポーズを決めるみたいに小さな両手をこちらに挙げてバンザイみたいなことしてる。
(こいつ、楽しんでる?)
「邪魔!」
安寿が短く告げた。
「……ハイでシ」
うなだれて素直に再びぴょーんと跳ね、再び器用にポケの中に飛び込んでしまった。




