第十四話 コンビニ闘技場 その2
空は薄青く、早朝の冷気はまだ残っていた。
だが、キュルルンの背後に何か黒い影のようなものが広がっている。いつのまにか駐車場の片側の路面を覆っている。
その黒い影が———。
出てきた安寿の気配を察したかのように崩れた。
いや、いっせいに湧き上がったのだ。
大きな影がちりじりになって煙のように舞いはじめる。
虫?
ちりぢりになるかと思った黒虫たちは飛び去るどころか集まり、
群れを作って、
やがてそれは人間の胴体ほどの大きい塊となった。
ブーン。
大きな塊がさらに幾つか連結して巨大になっていく。
積み上がる柱のように伸びて虫同士がたがいの体を引っ掛けるみたいに噛み合い、鎖状に連結していく。
みるみるひとつの形を作っていく。
無数の黒い粒が、
まるで細胞のように吸い寄せられ、
重なり、
増殖していくみたいにして、
やがて大きな構造体になった。
(……なんだよぉ、あいつ!)
ブゥゥゥ……ブゥゥゥ……。
低い唸りがコンクリートを伝い、足の裏に直接響く。
さっきから伝わってきていた低音はこれ?
安寿はゆっくり息を吐いた。
その息とともに、周囲の空気が軋むように歪む。
冷気が押しのけられ、代わりに安寿の皮膚の内側から熱い何かが広がっていく。
魔術だった。
詠唱も光もなしに、体の運びを一段深く、鋭くしている。
腰を沈めた。
金属バットをゆっくりと背後に引く。
切っ先が消える。
相手からは、剣が見えない。
そのとき、バットの表面を薄い虹色の筋が走り、すぐに消えた。
構造体がすーっと動く。
あれほどの大きさなのに滑るように地を這い、一気に距離を詰めてくる。
空気が凍りつく。
切っ先が走った。
バットがしなるように空気を切り水平に薙ぎ払われる。
眼にも止まらぬ速さで巨大な胴体の中心を横断。
黒く蠢く構造体が真っ二つに裂ける。
その断面から、短い火花のようなものが散って、すぐに消えた。
分断された体が寄り戻ろうとする。
安寿はその場でふわりと浮いた。
飛んだ……。
助走もない。
膝の屈伸もほとんど感じられない。
ただ重力が自分の周囲だけ大きく薄れたように、体がすっと宙に舞い上がる。
足の裏が地面を蹴った感触は確かにあった。
なのに上昇はそれを完全に裏切っている。
飛んだのだ。
安寿が宙に浮いた瞬間、背中から肩にかけて、何かが薄く広がる。
翼ではない。
それでも空気をとらえている。
飛翔。
金属バットから、熱ではない、しかし明確な力がほとばしる。
空間を薄く鋭く切り開く。
振った軌道に短い残光が残る。
空中で体勢を整え安寿はバットを上段に振りかざす。
そして、分断された構造体の頭部めがけて、それを一気に振り降ろした。
衝撃がコンクリートに深く吸い込まれる。
金属バットで生じるような衝撃ではない。
着地した瞬間、足元の路面が小さくひび割れた。
構造体の中心部が縦と横に断たれる。
コアになるべき部分を潰したのだ。
もう、簡単には集合できない。
安寿の呼吸が初めて乱れた。
冬だというのに、額に汗が浮かんでいる。
指先に残る熱がなかなか冷めない。
ふーっと静かに息を吐いた。




