第十三話 コンビニ闘技場 その1
どうやらサヤカはコンビニ自体が初めてらしかった。
親に監禁されるみたいにして赤ん坊の頃からいたらしいし、救助されてからはずっと院内。
それこそ腫れものに触るようにされていたわけだから、コンビニとか外の光景だって、相当めずらしいはずなのに、ほとんど反応を見せない。
そうか、とおれは腑に落ちた。
こうなってしまった以上、サヤカを過保護にせずに外の空気に慣れさせなければいけないと、安寿なりに考えたのだろう。少しでも免疫をつけておくようにと。
なかなか親切な魔女だ。
商品がずらっと並んでいる。
子供たちが好きそうなスナック菓子やケーキ、プリンとかが並んでいる。
でもサヤカはただそれらをぼんやり眺めるだけ。
かえって、それらがなぜそこにあるのか、なぜそうしたとこに自分がいるのかわからずに、戸惑っているのが、安寿への手の握り方でわかる。
けれど、閉鎖ユニットにいるときのように無反応ではない。
戸惑いも、ひとつの反応だ。
実はおれも戸惑っていた。
ポテチもコーラのカップも何かいままでと異なった違和感がある。よく見たことはなかったけど、こんなだったっけ?
まず姉さんは意外なものを買った。
「素焼」とか書いてある無塩のアーモンド。
それをまず手に提げた籠に入れている。
するとポッケからあの野郎が頭だけ出して、うれしそうに「キキキ」と鳴いたのだ。
(おめえの地声は、それなの?)
と、視界の端で何かが動いた。
外の駐車場あたりだ。
安寿は丁寧にコンビニ袋をレジ横のカウンターへ置いた。
「ごめん。さっきの金属バット、貸してくれる?」
静かにそう呟く。
「えっ?」
「変なお客さんが来たみたい」
店員がそちらに首を回す。みるみる顔色が変わっていく。
「……ヤバいっすよぉ」
サヤカをまずカウンターの中にゆっくりと、怖がらせないように移動させた。
「ここで、ちょっと待っててね」
どうして、という風にサヤカが安寿を見上げる。
サヤカがダイレクトに反応するなんて初めてだ。
「じっと、しててね」
サヤカのおかっぱ頭を優しく撫でている。
それから、店員の方に振り返った。
「さっきの、貸してもらえます?」
「さっきの?」
「バット」
震える手でカウンター下からさっきの金属バッドを取り出し、それを安寿に手渡した。
「あなたもそこで屈んでじっとしてて」
手渡されたバットを軽く握ったまま、安寿はすっと息を吐く。
その息の吐き方には覚えがあった。
それは向こうでの安寿が試合前に名を呼ばれて立ち上がる、そのときに軽く息を吐く、その仕方と一緒だったのだ。
それは、静かにスイッチが入ったことを示す。
ダウンをゆっくりと脱ぎ、薄いナース服のまま金属バットを右手にだらりと提げ、髪をほどいて、安寿はゆっくりと外に出た。
「変成ね」
キュルルン、キュルルーン。
「あなたたちはなんにも悪くない。人間が遺伝子操作とかバカなことやって産み出しちゃったんですもんね」
どうやら以前に、遺伝子操作の実験というかそういうものが各所でやられた時期があって、その管理ミスで生物実験されていた昆虫とか動物とかが逃げ出し、それが幾世代か経て野生化したものらしいのだ。
普段は山の中とか、海中深く潜っていて人間を怖がり、警戒してほとんど表には現れなかったみたいなのだが、それが昨夜から様子が変わってきた。おそらく動物や昆虫たち特有のセンサーというか感知で、人間世界に異常があったらしいことがわかったのだろう。
それで、出てきた。
食べ物がいっぱいある人間界へ。
(おでんの匂いとかぷんぷんなんだからなあ、そりゃ食欲刺激されるわ)
そいつは、大きく尖った触手を持っていた
頭の下は青い毛で覆われている。
おそろしくデカい。
青いゴリラみたいだが手は爬虫類のそれだ。
「ごめんね」
安寿はそいつに丁寧に話しかけた。
「ここには食べ物ないから、他を当たってみて。お願い」
キュルキュルキュル〜〜ン。
威嚇するように吠えているつもりだろうけど、なんだか哀しそうだ。
キュルキュルキュル〜〜ン。
おまけに蝿がたかって頭の周囲をぶんぶん飛んでる。
その黒い蝿を追い払おうとするかのように腕の鉤爪を振り回すのだけど、蝿は散ってすぐ戻ってくる。
こんな動物見たことねえ。
「お願い、あなたたちとは闘いたくないの。同じ生き物ですもんね。……だから、お願い」




