第九話 いまにわかる
「……これは奇襲攻撃なの?」
「状況確認中ですが、その確率八十七%」
ウオッチ端末のAIが女性の声で答える。
「やっぱり、……そうなのね」
「身分確認を済ませますか?」
「魔術省?」
「はい」
■ 状況
王国全体で結界破断を確認。
国家機能の消失が示唆されます。
■ 登録名:Survivor-00138小森安寿の状態
『生命兆候:受信済
波形:安定
『魔術省各員ただちに行動を開始せよ。
繰り返す。
各員ただちに、その場で行動を開始せよ』
姉だと名乗る彼女は答えない。
どうやら迷っているようだ。
でも魔術省って———。
こちらから声を掛けようにも方法がない。
*
一階は暖房が切れたままになっていて寒い。
黒いフーディダウンを羽織ったまま、サヤカと手を繋ぎ、彼女は歩き出した。
サヤカには自分のマフラーをぐるぐる巻きにして、ロッカーから持ち出した自分のブルーのカーディガンを着せる。かなり大きい。
「こうすれば大丈夫」
それも前で結んでしまう。
「体温、あげるね」
手を繋いだそこから、どうやら温かさがカイロみたいに伝わっていくようなのだ。
これも回復魔術?
温もりみたいなものか。
ほんとに魔女なのかも、とおれは次第に思いはじめていた。
「外の空気、すがすがしいよ、きっと。この辺は森ばかりだし」
自分に言い聞かせるようにそう言っている。
眠っては、いけない。
人間的大事件に関係なく、上りはじめた冬の光が、ステンドグラスみたいな大きな窓と通路のガラス天井から斜めに差し込んできている。
外に出るつもりなのだ。
開放のプレイルームに行けばどうしたって他の子が息絶えたまま、まだ横たわっている各病室が眼に入ってしまうだろう。
マスコなどはもう幾度も入って行ってしまっていて、ラブリーたちがなぜ起きてこないのかと倉田ママを困らせている。地下の安置室へとも考えてみたが、開放の子を含めると十七人もの小さな遺体を収容しなければならなくなってくる。
とても無理だ。
院内のイヤフォンを通して、いまだに残ってくれている独身の医師たちがせわしく意見を交わしている。もしかしたら患者さん全員を空き地のスペースに運んで埋めなければならなくなるかもとか、いやそんな大きな穴はパワーシャベルがなければ無理で、そんなものどうやって調達してくるのか、だいたい操作できるのかとか、早くもそんな話にまでなっている。
眠りの中に、何か、います。
サヤカの手を引いて、彼女はことさらゆっくりと進んだ。
やはり外に出るつもりなのだ。
魔女らしく箒とか出してきてそれに跨いだりはしない。
普通にゆっくりサヤカに合わせて歩いている。
いつものように寝ずにずっと起きていたから、室内用の靴下とゴム底のズックは履いている。
ひとっこひとりいない院内の様子。
ちょっとというか、これもかなり驚いた。
外来の待合フロアが全然違う。
なんというか豪華な感じで、ホテルのロビーみたいといえばわかるだろうか。
おまけに何かその中央に大きな樹木がでーんとあって、吹き抜けになっている天井から差し込む光を浴びて眩しいほどの緑が、そそり立っている。しかも、いろんなとこに金というかゴールドが使ってあって、光を浴びてキンキラキンに輝いている。
樹は元気そうだ。
枯れてはいない。
その脇を安寿は静かに通り過ぎていく。
サヤカがものめずらしそうにその樹を見上げる。
閉鎖に入ってから、病院内といえどもエントランスに来るなんて初めてなのだ。めずらしそうにあちこち眺めている。
『王国記念樹』
と、記されていた。
脇になんだか紋章みたいなものがある。
それもゴールドで彩られている。
なんだろう。
葉っぱみたいなのが三枚重ね合わせてある。それが紋章になっている。どこかで見た記憶があるのだけど思い出せない。王国記念樹とかいうならそれが王国の紋章なのだろうか。
ふと気付いた。
ナース服の上に羽織っている大きめの黒いダウンの左のポケット、そのあたりが妙にもっこりしていて、ムズムズ動いていることを。
(ん?)
なんだろう。
視界の端の安寿のダウンポケの中で何かがもそもそ動いている。
すると、
その中からぴょんと毛深くてふさふさしたやつが飛び出してきたのだ。
小動物の尾っぽだった。
次いであのリス野郎がひょこっと顔を出す。
クリクリした眼。
いつも何かもぐもぐしているような口。
自分が可愛いことを知っているような愛嬌のある動作。
ポッケから顔だけ出して周囲をきょろきょろ見回している。
あのリスに違いなかった。
顔のふさふさ具合。
大きな両眼。
(……でも、なんでこいつが安寿のポッケに入ってるわけ?)
おれは素早く推理した。
霊といえども推理だけはできる。
1.ロッカーは施錠されてた。
2.おれは女の眼を通してそれを確認している。
3.ロックされたロッカーの中にどうやって入ったんだよ?
4.あらかじめ入ってた?
5.だったらもっとおかしなことになる。
彼女がそれを知ってるってことになるんだからな。
(いやいや、それはない)
おれは気付いた。
だってあのとき、トイレでおれが姉さんそっくりの彼女の背後霊になっちまってることを知ったあのとき、こいつの尾っぽふさふさを目撃しているのだ。
彼女はもちろんダウンなんか着ていなかった。
そしてあれ以来、ロッカーには行っていず、初めて錠を解除してスマホを取り出し、いろいろな知らせを確認したのだ。
6.つまり、トイレで目撃されたリスは、どうしたって施錠されたロッカーの中には入れない。
いくら超チッコイとしても。
7.なのに、こいつは入っていた。
入ってただけじゃない。
ポッケの中で、まるで巣の中で冬眠するみたいにヌクヌクしていやがったのだ。
密室殺人事件の容疑者みたいにして。
どういうこと?
(こいつが、おれをこんなにした犯人なのか?)
なのに姉さんというか安寿は、なぜそんな奴と一緒にいるわけ?
「……いまにわかるから、それは心配しないで」
魔女みたいな姉さんは、いきなりそうおれに伝えてきた。
心配するなと。




