第8話「最後の旅」
翌朝。
ミロは早く目を覚ました。
隣を見る。
ジンはまだ眠っていた。
珍しいことだった。
いつもなら、とっくに起きて火を起こしている時間だ。
「じいさん」
声をかける。
ジンはゆっくり目を開けた。
「おはよう」
「おう」
笑っている。
だが、どこか疲れて見えた。
その日の昼。
二匹は小さな村にたどり着いた。
村の入口で、慌てた様子の鹿が走ってくる。
「旅人さん!」
ジンが立ち止まる。
「どうした」
鹿は頭を下げた。
「山の向こうに住んでいるヤギのおじいさんに薬を届けたいんです」
「届ければよいだろう」
「橋が流されてしまって……」
鹿は困った顔をする。
「村の者は皆復旧作業で手が離せません」
ジンは静かに話を聞いていた。
「なるほど」
ミロは横で聞いている。
本当なら断ってもいいはずだった。
だが。
ジンは頷いた。
「行こう」
鹿の顔が明るくなる。
「ありがとうございます!」
山道は険しかった。
倒木を越え。
岩場を登り。
細い獣道を進む。
以前なら平気だったはずの道。
だが今日は違った。
ジンの呼吸が荒い。
何度も休憩する。
ミロは黙っていた。
言わなくても分かる。
無理をしている。
それでもジンは歩き続ける。
夕方。
ようやく山小屋へ着いた。
中から年老いたヤギが出てくる。
「おお……薬が届いたか」
震える手で包みを受け取る。
「助かった」
何度も頭を下げる。
その顔を見て。
ジンはいつものように笑った。
「間に合って良かった」
帰り道。
空は赤く染まっていた。
ミロは前を歩く。
ふと振り返る。
ジンが少し遅れていた。
「大丈夫?」
ジンは頷く。
「大丈夫だ」
だが足取りは重い。
夜。
二匹は丘の上で野営した。
焚き火が静かに燃えている。
しばらく沈黙が続いた。
やがてジンが口を開く。
「ミロ」
「なに?」
「今日の旅は楽しかった」
ミロは少し笑う。
「疲れてただろ」
「そうだな」
ジンも笑う。
風が吹く。
草が揺れる。
星が静かに瞬いていた。
「じいさん」
「なんだ」
ミロは少し迷う。
でも聞いてしまった。
「あとどれくらい旅をするの?」
ジンは空を見上げた。
そして。
穏やかな声で言った。
「そう長くはないだろうな」
ミロの胸が小さく痛んだ。
でもジンの顔は不思議と寂しそうではなかった。
むしろ。
長い旅路の終わりを見つけた旅人の顔だった。
焚き火の火が揺れる。
ミロは何も言えない。
甲羅型バッグを抱き寄せる。
その重みが、少しだけ違って感じられた。
夜空には、無数の星が広がっていた。
旅はまだ終わっていない。
けれど。
終わりが近づいていることを、ミロは初めて理解した。




